今日の長門有希SS

 ある日の休み時間、俺には関係ない話だと前置きをしてから谷口はその話を始めた。
 男は生まれてから一度も異性と性行為をしないまま三十才を迎えると魔法が使えるようになる、との都市伝説があるそうだ。誰が言い出したのかは知らないが、谷口はどっかからその話を聞きつけてきたらしい。
 残念ながら俺はその資格を既に失っている。長門と恋愛関係にあり、ごく当たり前の――高校生らしいのかそうでないのかわからないが――男女の交際をしているからだ。
「俺はもちろん童貞じゃないから魔法を使う権利なんて残ってないぜ。そもそも、そんな迷信を信じちゃいないしな。既にセックスしたことあるしな」
 別に繰り返して言わなくていいぜ谷口。周りの女性陣がお前の発言を聞きとがめて嫌そうな顔をしているからな。聞いている女子生徒はこう思っているだろう、もし谷口と付き合ったら男友達に自分たちの交際の様子が筒抜けになるだろうとな。
「なあ、魔法ってどんなのが使えるようになると思う?」
「なんだ谷口、関係ないんじゃなかったのか?」
「ああ、俺は既に経験済みだから三十になっても魔法は使えないぜ。しかし気になるだろ?」
 魔法か。今のところ魔法を使える知り合いは俺にはいないな。魔法に似た何かを使える奴なら何人か知っているが。
「やっぱり性に関係する魔法なのかな。女の子にもてるようになるとか」
「それはないんじゃないのか? 話によると魔法は童貞の間にしか使えないはずだ。だから、魔法を使ってセックスしちまったらそれで魔法は失われちまう」
 童貞を失うための魔法なんじゃないのか?
「それじゃロマンがないだろ」
 そもそもそんなもんにロマンなんかないだろ。
「童貞のまま年齢を重ねると使える魔法もレベルアップしていくって話だ。五十近くになれば隕石も落とせるらしい」
 それはかなり強力なんじゃないのか。
「じゃあ三十で使えるのはヒャダインくらいじゃないのか?」
ヒャダインって実際の世界だとかなり強い魔法なんじゃない?」
 国木田の指摘ももっともだ。そもそもゲームに登場するモンスターは現実世界の人間に比べるとかなり強いはずで、それを葬れるような魔法はかなりの威力であると想像できる。そもそも生き物を凍らせる程度の寒さを浴びせるわけだし。
「あんたたち何の話してるの?」
 一体何に興味を持ったのか知らないが、ハルヒが話に入ってきた。あまり女性にするような話でもないのでどうしようか迷ったが、変に隠しても怪しまれる。
 気が進まないが俺はハルヒに魔法を使える条件などを話してやり、バカなことを言ってんじゃないと怒鳴られるわけだった。


 放課後、俺が到着した時点で部室にいたのは長門だけだった。休み時間に妙な話をしたせいか思い出すのは長門との夜のことだった。
「どうかした?」
 いや、ちょっとムラっと来てな。さすがに今この場でってわけにはいかないよな。
「こちらに古泉一樹が向かっている最中。猶予は三分ほどしかない」
 そうか。それじゃあ無茶はしないほうがいいな。少しだけ……と思っていても止まらなくなってしまう可能性だってある。三分などあっという間だ。
「訂正。あと一分ほど」
「どうして短くなったんだ?」
「電話をしながら走っている」
 と言った話が終わってすぐ、長門の言うように古泉が飛び込んできた。
「どうしたんだ?」
「異常事態です」
 ニヤケもしない古泉の反応に俺は長門と顔を見合わせる。
「一体、何があった?」
「少し前に連絡があってわかったのですが、新川さんが新たな能力を身に付けたそうです。隕石を落下させることが出来るようになったと。恐らく原因は涼宮さんに関係しているのだと思いますが、もし何か心当たりがあれば教えていただけませんか」