今日の長門有希SS

 本来、放課後は退屈な時間である。ハルヒによって不法占拠された文芸部部室で過ごす我らがSOS団は、本来の目的を忘れたかのようにただ無駄な時間を過ごす。いや、元々不思議な物を探そうとしているのはハルヒだけであり、その他のメンバーは不思議な物を見つけるとなんとかハルヒに見つからないようにとそれを遠ざけるのが通例だ。
 それはさておき、普段の俺たちは平穏に放課後を過ごす。長門は椅子に座って読書をし、俺と古泉はどうでもいいボードゲームをして時間を潰し、メイド姿の朝比奈さんはティーポット片手にそんな俺たちの間を巡回する。
 いや、今日もやっていることは普段通りなのだが、どことなく空気が違った。
 その理由は団長と書かれた三角錐の向こう側、我らがSOS団の団長であるハルヒが腕を組んで仏頂面を浮かべているからに他ならない。いつもはパソコンをいじりながら時間を潰していることが多いのだが、今日は何か考え込むように腕を組み、たまに部室の中をきょろきょろと見回したりしている。
 そうなると俺たちは全く気が休まらない。朝比奈さんなどは明らかにおどおどした態度になり、紅茶を入れすぎて溢れさせそうになるなどのミスも目立ち、古泉はポーカーフェイスのつもりかも知れないが、いつも顔を突き合わせている俺にしてみりゃ普段との違いは一目瞭然。
 唯一の例外は涼しい顔で読書をしている長門だが、もちろんハルヒの様子に気づいていないことはないだろう。様子を見ているとたまに本から目線を上げて俺を見ているようだし、やはり何か思うところはあるのだろう。
 このような場合、ハルヒにお伺いを立てる役割はなぜか俺になる場合が多い。他のメンバーもそう思っているようで、朝比奈さんなどは明らかに助けを求めるような視線を俺に向けている。
 やれやれ。
 このままの状態でいるのは精神的にもよろしくない。いったいどうしたのかと立ち上がりかけたところで「そうよね」などと、何か自己完結したらしき言葉をハルヒがもらした。
「どうした」
「この部室には花がないのよ」
 はて、花ならあると思うが。朝比奈さんは太陽の光を浴びて咲くひまわりだとすれば、長門はどこかひっそりと咲く月下美人あたりだろうか。お前はそうだな、ジャングルの奥地に咲いてる巨大な食虫植物ってところか。
「そうじゃないわよ。花よ花。フラワー、わかる?」
 英語で聞かれなくてもわかるさ。つまりなんだ、お前は実際の花そのものがないと言ってるのか?
「そうよ」
 深読みする必要はなかったということか。
 改めて部室を見回してみるまでもなく、この部室には確かに花はない。いつから置かれているかわからない笹が立てかけられていたり、ドライフラワーが吊されているだけだ。
 で、花がなかったらどうするってんだ?
「花は心のオアシス、ないよりあったほうがいいじゃない? 風水的にもいいのよ」
「どっから調達する気だ?」
「花壇あたりから引っこ抜いて」
 却下だ。そもそもこの季節、花壇の花は既に散ってるんじゃないのか?
「まあいいわ。花はどっかから適当に持ってくるからいいけど、問題はそこじゃないのよね」
 なんだ、まだ何かあるってのか。厄介事はごめんだぜ。
「花瓶がないと困るじゃない」
 そういやそうだ。仮に花束があったとしても、そこらにそのまま置いとくわけにはいかないしな。すぐに枯れて壁のドライフラワーが増えるだけだ。
「買ってくるのか?」
「花はまだいいけど花瓶はちょっと高いのよね。花が枯れたら無駄になっちゃうし」
 ハルヒの飽きっぽさなら、どうせすぐに使わなくなってしまい込まれるだけだな。わざわざ買うのももったいない。
 部室の中に花瓶の代わりになるようなものはない。いくらなんでもポットに花を活けるわけにもいかないだろう。
「なんかの空き瓶にでも活けたらどうだ?」
「……」
 無視かよ。
「仕方ないわね」
 ふうとハルヒは溜息をつく。
「それじゃ、各自明日までに何か考えてくること」
 と、そこでこの話はいったん打ち切りとなった。
 まためんどくさいことになりそうだな。