今日の長門有希SS

「……」
 長門は体を傾け、ゆっくりと顔を左右に動かしている。長門の視線の先をスライドするのは無数の皿である。
「プリンがある」
「そうだな」
 皿の上にあるのは寿司が大半だが、揚げ物や茶碗蒸し、更にはデザートなども流れる。プリンやパフェなどのデザートは家族連れの子供をターゲットにしているのだろうか。まあ、俺たちには恐らく無縁なものだ。
 俺たちが来ているのはいわゆる回転寿司屋である。長門と一緒に食事をする頻度は高いが外食の機会はあまりなく、回転寿司に来たのは今回が初めてだ。一般的な寿司屋に比べると値段は安いが、それでも高校生にとっては高額である。
 特に長門の食欲を考えると、回転寿司では一体長門が何皿頼むのかわからない。まあ控えめにしてもらうことも不可能ではないが、それでは長門が満足できないので、やはり俺たちにとって回転寿司は敷居が高いのだ。
「回転寿司では商品が時計回りに流れるのが一般的です。これは、客に対して右から左に流れる状態になるのですが、右手に箸を持った状態で皿を取りやすくなるからです」
 などと余計な豆知識を披露するのは古泉に他ならない。
「カウンターじゃないと意味がないな」
「それもそうですね」
 俺たちがいるのはボックス席である。今回は六人と大所帯であり、カウンターを横一列になって占拠するわけにもいかないし、そもそも我らの団長様がそれを望んでいない。
「ほらみくるちゃん、じゃんじゃん取ってちょうだい!」
 ふんぞり返るハルヒの指示を受け、レール側に座る朝比奈さんが皿を取る。あまり機敏ではない朝比奈さんが取る担当になってしまっているのは、最初に全員分のお茶を用意するために奥に座ってしまったためだ。
 ハルヒは手当たり次第に取るように指示しているが、今回に限っては金銭的な心配がない。
「みくる、あたしにはスモークチーズロールをお願いさっ」
 スポンサーの鶴屋さんが妙な物を注文する。今回は鶴屋さんの知り合いがやってる店とかで、六人分の食事券を持ってきてくれた。
「次はサーモンね!」
「は、はいぃ!」
 さて、朝比奈さんにとっては背後から皿が回ってくる状態であり、体をかなり曲げた状態を維持するのが窮屈そうだ。何しろ朝比奈さんのスタイルでは、胸が――うっ!
キョン、いきなりどうしたのよ」
 真正面に座るハルヒが怪訝な顔で俺を睨む。
「ワサビが多かっただけだ」
「ふうん」
 それで関心が無くなったように朝比奈さんの方に顔を向け、次に何を取るか指示を出している。
 俺が声を出してしまった原因はワサビではない。
「……」
 横目で見ると、先ほどまで流れる皿を見ていた長門がこちらに顔を向けていた。下を見るとまだ脇腹をつまんでいる。
「わたしは窮屈ではない」
「いや、体の角度が違うだろ」
 朝比奈さんの対面に座る長門にとっては皿が前から流れてくるので、朝比奈さんほどに体を傾ける必要もない。
「……」
「すまん」
 体型のほうが原因として大きいと思ったのは事実である。長門には嘘をつけない。
「ところで、僕も取ってもらってよろしいでしょうか?」
 古泉は通路側に座っているため、俺と違って手を伸ばしても届かない。
 朝比奈さんはハルヒ鶴屋さんに指示された物を取るのに忙しく、長門は子供のような目で流れる寿司を見続けているので俺が取るしかないだろう。
「何が欲しいんだ?」
「ミルクプリンを」
 いきなりかよ。
「わかった」
 長門が流れていたミルクプリンを取り、俺経由で古泉の手に渡る。
 初めて回転寿司屋に来て最初に取った皿がミルクプリンになった長門だが、続けてもう一つミルクプリンを取る。
 古泉が頼んだのは一つだよな?
「わたしも食べてみる」
 お前もか。


 とまあ、そんなよくわからない幕開けであった。