今日の長門有希SS

 全てはあっという間だった。
 朝倉涼子の持つナイフが脚の付け根に触れたかと思うと、まるで空中を動かすかのようなスムーズさでナイフは肉の中を通過する。次の瞬間には脚が胴から離れていた。
「骨の隙間を通しただけよ」
 朝倉はにこりと笑ってそう言い、逆の脚も同じように一瞬で切り離す。
 手慣れた作業のようにそれをこなす朝倉。朝倉は今までこのような行為を繰り返してきたのだろうか。
「そんなに珍しい?」
 朝倉が笑みを浮かべたまま問いかける。
「珍しい」
「ふうん」
「一般家庭じゃあまり鶏の解体なんてやらないからな」
「自分でさばいたほうが安いの」
 時間もかかれば技術も必要な作業だと思うが、無駄に過ごした三年間は伊達じゃなかったということか。
「それに、これだといろんな部位が食べられるの。肉屋じゃ売ってないようなところとか」
 その代わり、肉屋で買えば食いたい部分を食いたいだけ買えるけどな。
「ぽんぽち」
 長門がぼそりと呟く。なんだそりゃ。
「尻尾の肉のことね。長門さん、食べたいの?」
 長門はしばしの沈黙の後「塩で」と応えた。


 さて、俺たちが何をしているかと言うと、焼き鳥の仕込みである。まあ今の段階では朝倉が鶏を解体している状態で、俺たちは切り離されるのを待っている。
 焼き鳥をやることになったのは長門が食べたいと言い出したからだ。せっかくだからと声をかけ、朝倉と喜緑さんも一緒に夕飯を食べることになった。
 で、最初は詰め合わせの肉を買う予定だったのだが、朝倉の提案により鶏を解体して作っている。時間がかかるかと思って気が進まなかったが、ここまですんなり解体できるとは意外だった。
「切るのはこれで終わりね」
 あらかた切り分けられた肉を串に刺す。皮など刺し方のわかりづらいものは朝倉が担当し、一口サイズに切られた肉やネギなどを刺す。
 で、出来た焼き鳥をリビングに持っていくと喜緑さんが七輪の上に何かを掲げていた。手の中に握られているのはモーター音の鳴る小さな棒状の機械で、その先から金属の棒がのびており、先端には白い物が付着している。
「なんですか、それは」
「マシュマロを焼く機械です」
 今日も喜緑さんは絶好調である。
「わざわざ機械なんて使わなくてもいいんじゃないですか?」
「これを使うと均等に焼けるんです」
 そこまでこだわるものなのだろうか。
「……」
「どうした?」
「そろそろ肉を」
 そんなことよりも早く焼き肉を食いたいらしい。
「そうだな」
 マシュマロを焼くために喜緑さんが外していた網を戻し、肉を焼き始めた。
 肉が焼けるまでは暇である。七輪自体が大きめなので一度に大量に焼くことは出来るのだが、第一弾が焼けるまでは食うことが出来ない。
「あ」
 長門がぽつりと声を発する。
「どうし――」
 最後まで言葉を発する前に状況を把握する。長門の部分だけ炎が上がり、網の上の串が炎に包まれたからだ。
 慌てて朝倉が救出すると、そこには大量の鳥皮串。油が出て火がついたようだ。
「なんでそんなに皮ばかり焼いてるんだお前は」
「食べたかったから」
 最初からそんなに食うもんじゃないと思うが。


 それ以降は特にトラブルもなく、俺たちは焼き鳥を堪能した。
「お一つどうですか?」
「はあ」
 デザートのマシュマロは、意外とうまかった。