今日の長門有希SS

 放課後はSOS団の活動時間である。ここのところ妙な事件もなく安心していたのだが、ドアの前で足が止まる。
 部室の中からハルヒの声が聞こえる。誰かと話しているようだが相手の声は聞こえないので、電話でもしているのかも知れない。
 さて、仮に電話をしているのなら終わるまで待ったほうがいいだろうか。誰かがいると話しづらいこともあるかも知れない。
 と、壁に寄りかかって待ち始めたのだが、声はなかなか途切れない。電話にしてはやたらと長いな。
「どうかした?」
 気が付くと横に長門が立っていた。
ハルヒが電話をしているみたいでな」
「……」
 長門は顔を上げ、少しだけ視線を彷徨わせ、
「電話を使用している形跡はない」
 何を見て判断したんだ。
 まあ、長門がそう言うのなら間違いはない。ならば、誰か声の小さい相手と話しているのだろうか。
「中にいるのは涼宮ハルヒだけ」
 どういうことだ? ハルヒはまさか、ずっと独り言を続けているとでもいうのか?
 一瞬、ハルヒが部室の中でぶつぶつと呟き続けている光景を想像し、ぞっと背筋に冷たい物が駆け抜けた。
「ちょっと、誰かいるの?」
 部室の中からハルヒの怒鳴り声が響く。長門と話している声が聞こえたらしい。
「俺と長門だ。入っていいのか?」
「なに遠慮してんのよ。さっさと入りなさい」
 部室の中に入ると、ハルヒの机の横に見慣れぬ機械があった。
「なんだそりゃ」
ドリームキャストよ」


 ドリームキャストとは、セガ・エンタープライゼスが発売したコンシューマ用ビデオゲーム機。日本での出荷台数は約二百二十五万台。


「解説してくれなくていいぞ、長門
「そう」
 長門は本棚に向かい、いつもの席で本を読み始めた。
「で、お前はゲームをやりながらしゃべってたのか?」
「仕方ないのよ、そういうゲームなんだもの」
 いったいどんなゲームなんだそれ。
 ハルヒの横に行き、ディスプレイをのぞき込むと水槽が表示されていた。何やら妙な形状の魚が泳いでいるようだが……
「腹が減った」
 モニターの中の魚が人語をしゃべった。まあゲームだからそれほど不思議ではないはずなのだが、妙にリアルな映像に一瞬面食らう。
 よく見ると、その魚は人の顔をしていた。なんとも気色悪い生物だなこれ。
「こいつとしゃべるゲームなのよ」
 嫌なゲームもあったもんだ。
「やってるうちに情が移るもんなのよ」
 そうか。
「ま、がんばってくれ」


 それから数日、放課後の部室ではハルヒがマイクに向かってぶつぶつと呟き続けていた。何かに夢中になっていれば安全ではあるのだが、少々やかましい。
「ちょっと、何言ってんのよ!」
 しかも、日を追うごとにゲーム相手に怒鳴ることも増えた。情が移るんじゃなかったのか。
「古泉、あれはあんなにムカつくもんなのか?」
「そのように設計されたゲームのようですね」
 嫌なゲームだな。
「涼宮さんがこのままストレスをためられると、僕としても困ることになるのですが……」
 ゲーム相手にそこまで腹立ててんのかあいつは。困ったもんだな。
ハルヒ、そんなに嫌ならやめればいいだろ」
「そうもいかないのよ! 一応は最後まで育てて――って、あんたに言ってるんじゃないから黙ってなさい!」
 やれやれ。


 結局、それから数日後にあまりに魚がムカついたとの理由でゲーム機ごと処分することになった。
 そしてその魚がどうなったかというと、
「小学生は暇そうだな。宿題しなくていいのか?」
 何故か俺の家で妹に飼われることになった。