今日の長門有希SS

 ある休日のこと。
「あ、いらっしゃーい」
 長門を連れて家に帰ると、待っていたかのようなタイミングで妹が走って来て長門に飛びつく。恒例行事のようなものであり、長門もそれに備えて踏ん張るようになっている。
「おっと」
 それでも勢いに負けて倒れることはあり、そんな時は俺が背中を支える。まあ妹が原因なので兄の俺が責任を持ってフォローするのが当然だろう。
「ほら、そろそろ離れなさい」
 部屋に入るところで、玄関から長門に抱きついたままの妹を引きはがす。
「えー、けちー」
 どさくさに紛れて一緒に入る気だったようだ。やれやれ。
「ゆきちゃん、いいよねー」
 妹は長門を抱き込む作戦に入ったようだ。
 さて、どうしたものか。無理矢理追い出してまで二人になろうというわけでもないのだが、とりあえず長門に任せよう。
「また今度」
 妹に甘く、押し切られる率の高い長門だが、今回はきっぱりと断った。
「はーい」
 長門に断られたこともあり、妹はそこで諦め廊下を走って居間の方に消えて行った。
「いつも元気」
「それだけが取り柄だ」
 部屋に入ってテレビを点けると、中途半端な芸能人がハワイ旅行をしている番組が流れていた。休日にはこのようにどの年代に向けて放送するのかよくわからない番組が放送されていることが多いが、ついついぼんやりと眺めてしまう。
「どこか行きたいところはあるか?」
「別に」
「そうか」
 大して旅行に興味がないのか。
「興味がないわけではない。どこがいいかわからない」
 誕生してからほぼ全ての時間をこの近辺で過ごした長門にとって、他の地域についての知識はほとんどない。いや、知識はあるのかも知れないが、実際にそこに行った経験があるわけではなく、どこがいいとかよくわからないのだろう。
「あなたがいればどこでもいい」
 それじゃ、近所の公園とかでもいいのか?
「それでもいい」


 なんだかいい雰囲気になったりもしたのだが、妹が聞き耳たてているかもしれないこの状況ではあまり過激なことができるわけでもない。話が一段落したところで飲み物を入れるために部屋を出て、戻ってきたのだが……
「何やってるんだ、長門
 ドアを開けた時、長門は俺の机の下に潜り込んで何かやっていた。
「何もしていない」
 ふるふると首を横に振る。いや、そそくさと何事もなかったかのように移動したが、明らかに何かやっていただろう。
「って、何持ってるんだ?」
「何も」
 明らかに長門の右手だけ握り拳が大きい。
「元からこういう手」
 嘘つけ。
 長門に近づいて無理矢理手を開かせると、プラスチック製の小さな円筒状のものが握られていた。まるで、ストローでも輪切りにしたような感じだが……
「ストローを輪切りにした物」
 そうか。
「で、何のためにこれを付けようと思ったんだ?」
「ストロー内部の空間とこちらの木片の穴をワームホールで繋げる」
 長門からその小さな板を奪ってのぞいてみると、その穴の向こうに本来見えるはずの壁ではなく、天井があった。確かに空間がおかしなことになっている。
「って、これ監視カメラみたいなもんか?」
「違う。音も聞こえる」
 で、お前は俺を監視してどうしようってんだ。
「もしもの時のために、警戒を」
 別に警戒されるようなことはないんだが。まあ、長門が守ってくれるなら強盗が現れても安泰だろうが。
「でも、そこまでして守ってくれなくても大丈夫だぞ。危険なことなんて滅多にないんだし」
「そう」
 会話が一段落したところで、何やら「あ!」と声が聞こえた。長門が発した物ではないし、もちろん俺の発した物でもない。
 ならば、誰の声かというと答えは一つ。
 振り返ると、開け放たれたドアの向こうで妹が気まずそうにしていた。
 俺たちの姿勢を省みると、長門のストローやら木片やらを奪ったり奪わなかったりしていたせいで、何やら絡みつくような状況になっている。見ようによっては、これから性的な行為に及ぼうとする前段階に見えなくもない。
「ご、ごめーん」
 ぱたぱたと足音を鳴らして妹が去っていく。どのように誤解を解くべきかと頭を抱えたところで、長門がすっと輪切りのストローを掲げる。
「廊下に置いておけばこのような心配もない」
 いや、だからそれはいい。