今日の長門有希SS
甘いものを食べたい。
そう言い出したのが誰だったのかは忘れたが、ともかく俺たちは出かけることになった。
女三人寄れば姦しいとはよく言ったものである。俺は何を食べるか口々に言い合っているのをぼんやりと見ていた。
俺たちの向かう先は普段あまり行かないショッピングセンターであり、和菓子屋や洋菓子屋など色々な店がテナントで入っている。食べたいものがまとまっていないのだが、道中で決めようと出てきたわけだ。
「キョンくんは何が食べたい?」
話を振ってきたのは朝倉だった。なんとなく着いていく形になっている俺は特に考えていなかった。
「何でもいい」
「いけませんね。優柔不断はよくないと聞きました」
そういうものなんですか、喜緑さん。
「男性は決断力があったほうがいいですよ」
そんなものかね。
「……」
ちらりと見ると、長門は何か言いたげに俺のほうに顔を向けている。
「俺が決めたほうがいいのか?」
「それでもいい」
こくりと首を縦に振る。俺が決めたことには従うということだろうか。
「それも食べればいい」
食べるのを一つと決めめていたわけではない。いや、俺としては一カ所で食うのかと思っていたが、長門は別の発想を持っていたようだ。
「でも、あんまり食べるのも……」
口ごもる朝倉は、恐らく経済的なことではなく、もっと別のことを気にしているようだ。体型を気にしているくせに甘いものが好きな朝倉にとって、いくつかの店をはしごするような話は見過ごせないのだろう。
「……」
何か困ることでもあるのか、と長門は不思議そうに首を傾げている。食べても太らない長門にとって、朝倉が何に悩んでいるのかわからないようだ。
「メタボを気にしているらしい」
小声で告げると、長門は納得したように「そう」と呟く。
「でも、わたしたちにとって血圧の上昇などは大したことではない」
長門の説明によると、メタボリックシンドロームとは内臓肥満に高血圧などの症状を併発した状態とのことだ。俺としては単なる肥満のような意味で使ったのだが、思った以上に深刻な状況を示しているようだ。
「朝倉も大変だな」
「誰がメタボリックなのかな?」
朝倉が、と言いかけた言葉は首元のナイフによって喉の奥で止まる。そもそも朝倉がメタボリックだというのは冗談だったのだが、長門と話しているうちになぜかそれが真実であるかのように思ってしまった。勘違いとは恐ろしいものだ。
「何でもない」
「でも、一番疑いが……いえ、すいません。何でもありません」
「ちょっと喜緑さん、真顔で言わないで……」
まあ恐らくは冗談なのだろうが、何かまずいことでも言ったかのような喜緑さんの気まずそうな表情が妙にリアルで、朝倉は店に到着するまで黙り込んでしまうのであった。