今日の長門有希SS

 前回の続き。


 溶き卵にだし汁を混ぜ、更に小麦粉を加える。これで生地が完成らしい。
「意外と簡単なものなんですね」
「本当は山芋を加えるともっといいみたいなんですけど、普段あまり買い置きしておくものでもありませんから」
 意外なことにまともに料理をしている喜緑さん。野菜を切る手際もなかなかいい。
 普段来ている時は朝倉や俺たちが料理をしているのをのんびり眺めていることの多いので料理をしない人なのかと思ったが、実はそれなりに料理が出来たのか。
「男って単純ですから料理が出来るってだけでころっとオチるんですよ」
 相変わらず不穏当な発言をするお方である。というか、俺もその男の範疇に含まれるのですが。
「あら、オチちゃいました? コブ付きだから料理アピールをしてなかったのですが、横恋慕しちゃいましたか?」
 オチてませんよ……って長門、どうした?
「……何でもない」
 いつの間にかすぐ近くに来ていた長門だが、ふらふらとシフォンケーキを作っているはずの朝倉の元へ戻っていく。
 ちなみにシフォンケーキの材料は主に小麦粉と卵。白身メレンゲを作ったりしているが、材料はお好み焼きの生地とかなり似ている。まあだしを入れたりはしているものの、それでけっこう違う食い物が出来るもんなんだな。
「蒸しプリンと茶碗蒸しも主に卵ですけど、だしを入れるかどうかで変わりますよね」
 言われてみればあれも似たような材料なのかも知れない。完成したものが似ているし。
 しかし、本当に料理に詳しいですね。
「暇が多いので自然と覚えてしまうんですよ」
 ハルヒが例の能力を身につけてから高校に入るまでの三年ほど、長門はずっと待機していたんだったか。恐らく朝倉や喜緑さんも大差なく、その間に料理を覚えたりもしたのだろう。
 そうなると一人だけ料理を覚えなかった長門だけが妙だが、世話焼きの朝倉がいたから必要なかったのかも知れない。まあ作らないで買ったりしてすませるような性格も原因かも知れないが、やはりそれ以上に朝倉の存在が大きいような気がする。
「やっぱり料理が出来る女の子のほうがタイプですか?」
 いや、別にどっちでもかまいませんけどね。仮にどちらかが俺のタイプだとしたら、交際を始めた当初は出来なかった料理を後から習得した長門をどちらに分類していいのかわからなくなってしまう。
「ではどのような女の子がお好みで?」
 笑みを浮かべたままそう問いかけてくる。
 改めて考えると難しい問題だ。そもそも長門が好みのタイプだったのかというと、第一印象を思い出すと首をひねらざるを得ない。いや、だからと言って長門の容姿が気に入らないとかそのようなことは全くない。ただ、明確に自分はこのような女性が好きだというようなものを持ち合わせていなかったのかも知れない。
 しかし、何をまじめに考えているのだろう。気づくと喜緑さんはにこにこと笑い、その後ろに無表情の長門が、そして興味津々な顔をしている朝倉がいる。
「って、何で全員揃ってるんだ」
「もうオーブンで焼くだけだから」
 視線を移すとオーブンの中には何か金属のようなものが入っていて、オーブンが作動しているのを表すかのようにうっすらと光があたっているのが見える。ちなみにあの型は朝倉が部屋から持ってきた私物であり、もしこれからもシフォンケーキを定期的に焼くことがあれば長門家での購入を検討してもいいだろう。
「こちらもあとは焼くだけですね」
 話しながらも包丁を動かしていたようで、キャベツや肉などが既に切り終わっていた。
お好み焼きはケーキと違って放っておくわけにもいかないので、みんなで焼いて食べましょう。食べ終わった頃にケーキが完成すれば理想ですね」
 ホットプレートを用意し、お好み焼きを焼き始める。コンパスで書いたような円を作る長門や、動物の顔だかアメーバだかわからない形状になる朝倉、妙にリアルなアメリカネズミのシルエットを作って著作権的に心配な喜緑さんなど。
 ちなみに自分は長門の正確な円に比べると見劣りするが、楕円程度にはなっている。まあ一般的なお好み焼きだろう。
 焼き上がったのを定番のソースをかけて食う。こうしてわいわい作って食べると妙に美味く感じるな。
 そして、お好み焼きの材料が無くなったあたりでケーキも焼けた。ただし、しばらく冷まさなければならないので少し休憩となる。
 お茶を飲んでのんびりとしてから、冷めたシフォンケーキを切り分ける。間を置いてなんとなく満腹になっていたような気もしたが、甘いものは別腹というやつだ。
 ケーキも平らげ、少々食い過ぎた感じがするので皆でごろごろと横になって休憩。食べた後に寝ると牛になると言われているが、眠らなければ消化にはいいらしい。
「それじゃ、そろそろ帰ろうかな」
 しばらく怠惰な時間を過ごしたあと、朝倉が体を起こしてそう言った。確かに夜も更けてきたので、そろそろいい時間だろう。
 ともかく、今日は有意義な日だった。お好み焼きとシフォンケーキを作れるようになったし、これであの大量の小麦粉を消費することも不可能ではなくなった。小麦粉を使う他のレシピを調べれば更にバリエーションも増えるだろう。
 などと思っていたところで、意外な発言が飛び出す。
「ちょうど使っているのが切れそうなので、一袋買い取ってもいいですか?」
「あ、わたしも欲しいかも。安かったんだよね? 二袋買い取ろうかな」
 もともと小麦粉が多くて困っていたのだから、この提案は願ったりかなったりだ。長門も首を縦に振って了承してる。
 今回の料理でけっこう小麦粉を使ったのと、売却する分もあるので残りは二袋と少し。これだとお好み焼きやケーキを今後作ろうと思えば少なくなってしまうかも知れない。
「また安いときに買っておく?」
「ああ」
 なんとも本末転倒な気がしないでもないが、そういう結論に達した。


 ちなみに後日、長門が俺の予想した以上の小麦粉をまた仕入れてしまって途方に暮れるのだが、それはまた別の話。