今日の長門有希SS

 放課後はいつものように部室に向かう。名義上は文芸部の部室であるが、実効支配しているのはSOS団である。不思議な存在を集める事を目標に始められたこの団体だが、実のところハルヒが掲げたその目標は既に叶っている。
 ハルヒ自身はそのことには気づいちゃいないはずだが、ここ最近はおかしなものを調べようと積極的に動くことはない。毎週末の不思議探索だって惰性でやってるようなもんだし、放課後は言わずもがな。ともかく、ここしばらくはハルヒに驚かされたり困らされる機会も少なくなり、平穏無事な毎日を送っている。
 だから、この扉を開いて驚くようなことも起こりえない。ノックをしてハルヒの「開いてるわよ」との返事を聞き、ドアを開いて――久しぶりに頭を抱えた。部室の中央に置かれていたはずの机は壁際まで移動されており、その場所には別の物が鎮座していた。
「一体なんだ、これは」
「見てわかんないの? ドラム缶よ」
 いや、そりゃわかってるさ。ここにあるのは誰がどう見てもドラム缶に他ならない。それは見た瞬間にわかっているさ。
 問題は、なぜそのような物がここにあるかってことだ。そもそも、こんなものをどっから盗ってきたんだ?
「失礼ね、古泉くんに頼んで調達してもらったのよ」
 ちらりと視線を送ると、壁際の椅子に腰掛けた古泉は平常通りのニヤケ面を浮かべていた。
 やれやれ、またこいつが一枚噛んでいたのか。まあどこからか窃盗して来られるよりは何倍かマシではあるのだが、ハルヒの奇抜な思いつきをいちいち実現させないでくれと言いたいな。
「ふぇ……これなんですかぁ?」
 後ろから声が聞こえる。振り返るまでもなくその正体は朝比奈さんだ。
「ドラム缶よ。知ってるでしょ?」
「えっと、その……」
 朝比奈さんの時代にもドラム缶が使用されているかは謎であるが、仮に聞いたとしても教えてはくれないだろうし、知ったところでどうしようもない知識である。
「それよりハルヒ、これで一体何をする気なんだ?」
「よく聞いてくれたわね」
 待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべる。聞いて欲しかったんだろう。
「今朝、たまたま廊下で鶴屋さんと会って話していた時に、鶴屋さんはこう言ってたのよ」
 こほん、と咳払いを一つ。
「黄色いやつはチーズさっ! 茶色いやつはよく薫製されたチーズにょろっ!」
 まるでそこに鶴屋さんがいるような錯覚を受ける。ハルヒはいつの間に声帯模写なんぞ出来るようになったんだ?
「美味しいチーズは薫製されたチーズだけさっ!」
 ハルヒの声色は完全に鶴屋さんと同化しており、ああ、まるでハルヒの後ろに鶴屋さんが仁王立ちをしているような幻覚を――って、鶴屋さんいつからいたんですか。
「みんなが来る前から掃除用具入れに隠れていたのさっ。おかげで制服がくっさくなっちゃったにょろっ」
 それでも清々しい笑顔でケラケラと笑う。このお方はやはり大物だ。
「ま、これでわかったでしょ? 今日は色々な食材を薫製にしてみるわ」
 当然のごとく言い放つハルヒ。しかしだな、薫製をするとなると煙もかなり出るわけであり、もちろんこの部室ではやらないと思うが、屋外でやっても目立ってしまって教師が止めに来ると思うぞ。つーか、薫製なんて素人がやっても美味くないだろうし。
「うるさいわね。文句言ってるなら美味しいのができても食べさしてあげないわよ」
 つーか、作るなと言いたいんだが。
 などと揉めていると後ろの方にまた気配が増える。
「お、ちょうどいいところに来た長門。お前もハルヒを止めて……って、何を持ってるんだお前は」
 長門は鞄ではなく何故かビニール袋を提げていた。部室の中をよく見ると本棚の前に鞄がぽつんと置かれており、恐らくは俺より先に来ていた長門はそこに荷物を置いて外に出ていたってことだろう。
「で、その小さくて茶色いものが大量に入っているように見えるそのビニール袋は一体なんなんだ?」
 長門はちらりと俺の顔を見て、ある意味では予想していた答えを返す。
「スモーク用のウッドチップ
 お前も乗り気だったのか、長門よ。