今日の長門有希SS
ぼんやりとした視界の中心に長門の顔があった。
世界は温かく、体とその境目は曖昧で、精神まで溶けているようだ。
「大丈夫?」
その声が俺を現実に引き戻した。不意にずっしりと体が重くなったような感覚。
いつも通り無表情な長門の顔。しかし、その目には不安そうな色が浮かんでいた。
……どういう状況だ?
ぼうっとした頭で周囲を見回して、自分自身が湯船の中に浮かんでいた事を知る。
「意識がなかった」
現在の死因の中では、死亡事故の中で入浴中に溺死してしまうことがけっこう上位に食い込んでいるらしい。風呂の中で疲れて眠ってしまう場合もあれば、血の巡りの関係で気を失ってしまうのが原因である場合もあるらしい。
長門が目の前に現れるまでの記憶は無い。ひょっとすると俺は、危険な状態にあったのだろうか。
「助かったぞ」
「いい」
ざばりとお湯の中から手を持ち上げて長門の頭をなでる。肩をすくめた長門の反応が、俺の体まで伝わってくる。
「ん?」
見下ろすと、長門の体も湯船の中にあった。もちろん服は着ておらず、湯船もそれほど広いものではないので俺の体に密着している。まあ、風呂場にいるのだから当然と言えなくもない。
さて、話は変わるが人間の生存本能について考えてみよう。風邪を引いた時などに経験がある方もいらっしゃるかも知れないが、人間は非常事態に置かれると無意識に子孫を残そうと体が反応してしまう。
つまり、風呂場で溺れかけたのが原因であろう。ムラムラとして、下半身の方が肥大化しているのだ。死にかけたのが原因で性欲が高まっているのだ。
「別に溺れてはいなかった」
そんなことはどうでもいいことだ。俺もお前も全裸であり、求め合う二つの体がある。そういうことなんだよ。
「だめ」
長門が珍しく抵抗を見せた。珍しいどころではない、ひょっとするとこれが初めてなのではなかろうか。まだ意識のはっきりしない頭ではどうにも思い出せないが、いつも従順で、それでていてたまにわがままな一面もある長門が俺の性的な誘いに抵抗するなんて。
その意外性が俺の劣情を更に激しく燃え上がらせる。本来、このような感情に身を任せるのは俺の本意ではないのだが、たまにはいいじゃないか。だって俺も長門も全裸なんだし。
「ここではだめ」
別に風呂場でそのような行為をするのは初めてではない。確かに寝室に移動してからの方が落ち着いて楽しめるかも知れないが、たまにはいいじゃないか。だって俺も長門も全裸なんだし。
その小一時間後、俺たちは風呂から上がる。一枚しかバスタオルが用意されていないのを見て少しだけ違和感があったが、俺はまず長門の体を拭いてやることにした。
風呂から上がって頭が冷やされると、違和感が徐々に大きくなっていく。
おかしい、いつもと何かが違う。
しかし、ここは見慣れた風呂場である。違和感の正体もわからぬまま、俺は長門と脱衣所を出た。
と、そこで俺は不思議な光景を目の当たりにすることになった。
「あれ、有希ちゃん来てたの?」
そこにいたのは俺の妹であり、この廊下は我が家のものだ。一体どういうことだ。もしや、また長門が空間を繋げてしまったとでも……
「違う」
長門がぼそりと呟く。妹には聞こえないくらいの声の大きさで。
ええと、どういうことだ?
「元々、あなたの家」
つまり長門は、俺が自分の家の風呂で気を失ったことに気づいて助けに来てくれたってのか?
「そう」