今日の長門有希SS

 飯を食ってからお茶でも飲んでくつろいでいたのだが、何か食いたいと思った俺は立ち上がってキッチンの方に向かおうとして、ふと長門の方を振り返る。
「アイスがあったよな。お前もいるか?」
「……」
 わずかに首を縦に動かす。
 俺は冷凍庫にあった六個入りの箱からカップ二つを取り出し、更に食器棚からスプーンを二つ持って長門の待つリビングへ戻る。勝手知ったるなんとやらってやつだ。すっかり俺は長門の部屋での生活に慣れており、もはや自分の家よりも熟知しているような気がする。この部屋で過ごした時間の方が長いと錯覚するほどに。
 長門の前にカップを置き、テーブル代わりとなっているコタツ机に座る。
 二人で向かい合って黙々とスプーンを動かす。長門も俺もどちらもバニラだが、これはバニラしか入っていない箱を買ったのだから仕方ない。お互い食べさせあったりすることを考えるとバリエーションのあるものを買えば良かったかと思わないこともないが、別にそこまでイチャイチャする必要もないだろう。しかしまあ、味の面ではやはり何種類かあった方が選ぶ楽しみもあるので、そのあたりは次回買う時に考慮しよう。
「痛っ」
 余計なことを考えていたせいか下唇を噛んでしまった。
「……」
 長門が顔を上げてこちらを見ている。
「ちょっと噛んだだけだ」
「大丈夫」
「それほどじゃないさ」
 軽く噛んだだけなので、痛みはそれほどでもない。どちらかというと、アイスなんかを食べている時に唇を噛んだ俺自身の迂闊さにちょっとしたショックを受けている方が大きいだろう。
 あと、冷たいアイスが傷口に微妙にしみる。もちろん我慢できないほどの痛みではないのだが少しだけテンションが下がる。
「ん?」
 スプーンですくった後、カップに残ったアイスの表面がうっすらと赤い。スプーンをひっくり返すと裏側に少量の血がついていて、それがアイスに移ったらしい。傷ついた部分が下唇なので、血が付かないように食べることは少々難しい。いや、できないこともないがなんとなく不自然な食べ方になってしまい、アイスそのものに集中できなくなってしまう。
 デザートを食うのにこんなに苦労することになるとは。そもそも唇を噛んだのが自業自得なので誰も責めることは出来ず、仮に責めるとしても少し前の自分自身だ。怒りってほどのものじゃないがそれの矛先がないのでどうも気が晴れない。
 実際の傷は大したことないのに精神的なやられっぷりはひどいものだ。
「……」
 そんな俺の変化に気づいたのか長門が手を止めて俺の顔を見ている。まあ、手を止めたのは自分のカップのアイスが無くなったからだが。
「どうかした?」
「大したことじゃないんだが、ちょっと情けなくてな」
 理由も説明しづらい。俺がこのような状態に陥っているのは細かい様々な要素が複雑に絡み合っていることが原因であり、何か一つこれが問題だと断言できるようなものもない。
「まあ、口内炎になるとちょっと嫌だが」
 口の中の傷は場合によって口内炎に発展することもある。そう考えると痛みはこれから数日続く可能性もあり、それも厄介な問題だ。
「治すことも出来る」
「いや、そこまでしなくてもいい」
 長門はここのところ超常的な能力を使うのを控えている。人間に近づきたいとの思いを知っているので、わざわざこのような小さなことでそれを邪魔するのは野暮ではないか。
「ビタミンを摂取すれば予防することも可能」
 長門は立ち上がりキッチンへ向かう。予防ってのは今さら食っても間に合わないような気がするが、長門のせっかくの厚意を邪魔することもないだろう。しかし、この部屋にビタミンの錠剤なんかがあったかな……


「出来た」
 数分後、肉を卵でコーティングした料理を長門が持ってきた。食事とデザートを食った後の状態では少々腹にキツいのだが、長門の思いやりがこもっているので俺はそれを平らげることにした。