今日の長門有希SS

 夜の道を長門と並んで歩く。向かう先は長門のマンションでも俺の家でもなく、それなりに名の知れたラーメン屋である。雑誌などでも紹介されるほどなのでいつも混んでおり、飯時には多少早いが並ぶことも覚悟しなければならないが、並んででも食べる価値がある店だと俺は思う。
「……」
 知らない奴が見ればただの無表情。しかし、俺には長門が今夜の食事を楽しみにしているのがわかる。部室で本を読んでいる時もどことなくそわそわとしていたし、現に今だって歩くスピードが普段よりも速い。
 長門がこんな風になっているのは、昼休みに俺がそのラーメン屋について力説したことが原因である。弁当を食いながら長門と雑談をしている時にふとそのラーメン屋のことを思い出し、長門に請われるままに説明しているうちにヒートアップし、いかにそのラーメンが美味いのかを熱弁していた。その結果、長門も食べてみたいと言い出したので、今日の夕飯がそこのラーメンに決定したわけだ。
「何を食べる?」
「……」
 長門の頭が数ミリ下に傾く。質問の答えを考えているようだ。
 有名なラーメン屋でも特に美味いのが一種類で他はそれなりってことが多い。極端なところだと一種類のスープしか出さない店もあるくらいだ。
 しかし、今回行く店の場合はそうではない。特に有名なのは醤油ラーメンだが、塩も味噌も十分に美味い。だから醤油ラーメン好きはもちろんのこと、他の味が好きな人間にも幅広く支持されており、今の人気を誇っているわけだ。
 このことは既に長門に話しているため、何を食べるか葛藤しているのだろう。
「どうだ、決まったか?」
「決まった」
 長門は俺の方に顔を向け、
「絶対、大盛りで食べる」
 断言した。


「次の角を曲がったあたりだ」
 俺の言葉を聞き、長門はこくこくと首を縦に振る。腹が減ってきたのか、先ほどから長門は「まだ?」と繰り返し聞いてきて、そのたびに俺はその地点からラーメン屋までの道のりを説明していた。学校から少々離れていたので思ったより時間がかかってしまった。帰りのことも考えると自転車で来ていた方が良かったかも知れないな。
 まあ、その長旅もようやく終わりだ。ここの角を曲がると、ラーメン屋の行列が――
「え?」
 無い。夕飯時だってのに、ラーメン屋の前には誰も並んでいなかった。いくら平日だといっても空きすぎではないか。
 嫌な予感がして店の前まで走ると、いつもは出ているはずののれんがガラス戸の向こう側にうっすらと見えた。
 そして、そのガラス戸には定休日と書かれた紙が貼ってある。
「やっていない」
「すまん」
 謝るしかない。まさか定休日だったとはうかつだった。
 俺だってもちろん残念だがそれ以上に長門が悲しげに見えた。いかに美味いかを力説して長門の食欲を煽ってしまったこともあり、本当に申し訳ない気分だ。
「……どっかでなんか食って帰るか」
 今から長門のマンションに帰って作るとかなり遅くなってしまう。それに、食事を作る気分でもない。
「何が食いたい?」
「……ラーメン」
 俺も同じ意見である。今日はラーメンを食べると決めていたので、恐らくラーメン以外のものを食べても満たされないだろう。
 しかし、このあたりにはあまりラーメン屋がない。この店が有名すぎて、このあたりに出店しても負けてしまうのだろう。
「この近くでラーメンが食べられるところは無いか?」
「ないこともない。一件、該当する店がある」
 心当たりは無いが、長門が言うのなら間違いないだろう。
「案内してくれるか?」
「わかった」


 しばらくして、長門がある店の前で立ち止まった。
「ここ……か?」
「そう」
 肯定する。
 俺が戸惑ったのは、その店が純粋なラーメン屋ではなかったからだ。
「ラーメン&パスタハウス、DAN・MATU・MA……」
 もはやどこからつっこんでいいのかわからない。業種もわからなければ店の名前もとても食事処には思えない。
「ここの他にラーメンを食べられる店はない」
 背に腹は代えられないってわけか。意を決して、俺と長門はその店ののれんをくぐった。


 それから一週間ほどしたある日、俺たちは機会があって例のラーメン屋に行くことが出来た。ずっと食いたかったこともあって非常に美味く感じたし、長門も満足してくれたようだ。
 美味いものを食った後は気分がいい。また今度来ようと話しながら自転車を走らせる。
 途中、シャッターが降りて閉店するとの紙が貼られたラーメン&パスタハウスの前を通りかかった時だけなぜか二人とも無口になった。