今日の長門有希SS

 いつの頃からか部室で長門と昼食を食べるのが当たり前になっていた。二人きりだからといってべたべたするわけでもなく、普段と変わらない調子で他愛のない会話をしたり、特に会話もなく黙々と箸を動かしたりする。
 別に倦怠期ってわけじゃない。俺たちにとってはこうして過ごすのがとても自然で、お互いこれが一番いいのだとなんとなくわかっている。無理にはしゃぐのは性に合わないだけでなく、疲れてしまいそうだ。
 幸福かそうでないかと聞かれると、俺は間違いなく幸福であると断言できる。一緒にいるだけで心が安らぐ相手がいるってのはかけがえのないことだと思う。


 安らかな時間を過ごしてから教室に戻るとハルヒが机に肘をついて仏頂面をしていた。昼前に見た時は特に不機嫌そうな様子は無かったが、こいつの機嫌は山の天気よりも変わりやすい。明らかにイラついているのが見て取れるので本当ならば近寄りたくないのだが、困ったことに俺の席はハルヒの前である。午後の授業をさぼるわけにもいかないのでそこに座るしかない。
 触らぬ神に祟りなし。ハルヒを刺激しないように声もかけずに椅子に腰掛ける。
キョン
 向こうから声をかけられたら無視をするわけにもいかない。腹をくくって振り返る。
「どうした?」
「ちょっと聞いてよ」
 ハルヒが語ったところによると、食堂でふと思い立っていつもは食べないメニューを注文してみたのだが、それが口に合わなかったとのことだ。高いのを注文したのにまずかったので怒っているようだが、それぞれ人によって好みもあるし、値段と味が比例する訳じゃないだろう。
「違うのよ。あんた、女心をわかってないわね」
 ハルヒが呆れたようにため息をついてオーバーな動きで額に手を当てる。
「あたしが怒ってるのはそこじゃないのよ。食事ってのは一日に三回しかないわよね。ま、世の中にはもっといっぱい食べてる人もいるかも知れないけどさ、とにかく限られた貴重な時間なわけよ」
 当然のことだが、言われてみりゃ確かにそうだな。
「だからこそ、その一回を無駄にしたってのが気にくわないのよ。腹が立ったから一口残してやったわ」
 なんだそれは。
「食べないとお腹が空くじゃない。でも、全部食べたら何か負けたような気分になるし」
 葛藤の末に一口残すという選択をしたわけか。気持ちはわからないこともないが、何となく子供っぽいというか……
「物を食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃ駄目なのよ」
 何を言いたいのかはわからないがハルヒが食事に対して並々ならぬ熱意を持っていた事だけはわかる。
「ちょっと聞いてんの!?」
 へいへい。
 ハルヒの機嫌はしばらく収まらず、それから授業そっちのけで愚痴を聞かされ続ける事になった。放課後までに機嫌が直ったからまだましだと思うのはすっかり慣れちまったって事だろうかね。


 長門の部屋で夕飯を食っていた時、ふと昼間のハルヒとの一件を思い出した。言っていた事は滅茶苦茶だったが食事の時間が貴重だというのは同意だ。
 食事は日に三回あり、そのうち昼と夜の二回は長門と一緒のことが多い。さすがに平日の朝は家で食うのだが、泊まった時の朝は長門と食べる場合もある。
 俺も長門もそれほど料理が得意ってわけでもなく、たまに失敗してあまりうまいとは言えない物が出来ることもある。しかし、昼間のハルヒのように文句は言わず「失敗したな」と笑ってすませるだけだ。
 何を食うかよりも誰と食うかってこと。少なくとも今の俺にとってはそちらの方が重要だ。
「どうかした?」
 長門が手を止めて不思議そうに俺を見ていた。
「なんでもない」
「そう」
 視線を落として再び手を動かす。黙々と飯を食っている様子を見ながら、俺は長門が自分と同じようにこの時間を心地よく思っていてくれれば嬉しいと思った。