今日の長門有希SS

 午後の体育はグラウンドでサッカーの予定だったのだが、天気が悪く屋内に変更になった。本来は女子だけで使うはずだった体育館を緑のネットで半分に区切り、俺たちはバスケ、女子の方はマット運動などをやっているようだ。
 体育館の半分だけでは一度に試合を出来るのは一回だけで、参加していない間は座って見ているだけだ。
 俺はあぐらをかいて国木田としゃべりながら試合の様子を眺めていた。
「頑張ってるね」
「だな」
 俺と国木田の視線の先にいるのは息を切らせて走り回っている谷口だ。女子の見ている前で活躍したらモテるとか言っていたが、端から見てると相手チームに遊ばれているように見える。運悪く相手チームにバスケ部員がいたのがあいつの敗因か。
 試合が終わり、見せ場の無いままグロッキーになった谷口が戻ってきた。
「散々だったな」
「……ああ」
 疲れているのか一言そう答えただけで壁にもたれてへたり込む。すっかり息が上がっている。
キョン、次僕たちだよ」
 見ている時間が多く半ば忘れかけていたが今は体育の時間で、当然ながら俺も出番がある。授業の最初に柔軟運動をした後はずっと座っていたので体が冷え切ってしまっているが、のろのろと立ち上がって中央に脱ぎ捨てられていたゼッケンを頭からかぶってすっぽりと身につける。
 こちらも相手も運動部が少なく、俺たちはだらだらと試合を進める。しばらく座っていたせいと飯の後ってなこともあって、あまり動くと腹が痛くなりそうだ。
 それでもそれなりにボールを持つ機会が多く、パスを回しながら相手の陣地に向かう。ゴールの近くでボールが飛んできたのを受け取ってシュートをシュートをしようとしたが、相手のディフェンスに阻まれてボールを落としてしまう。
「てっ――」
 右の手首に痛みが走る。今ので捻ってしまったのだろうか。
「大丈夫?」
 国木田が心配して声をかけてきた。
「ちょっと痛い」
「交代した方がいいんじゃない?」
「そうだな」
 教師に事情を説明して他のチームの奴と交代してもらい、俺は念のために保健室に行くように指示された。それほどの事ではないような気はしていたが、保健室で湿布を貼られてから体育館に戻った。


 話はそこで終わらなかった。痛みだって文芸部の部室についた頃には大体なくなっていたし、帰ってから湿布を剥がしちまえばこの件はそれで終わりのはずだった。
「お待たせ!」
 授業が終わってから教室からさっさと消えたくせになぜか部室にいなかったハルヒがようやく現れた。ちなみに他のメンバーは既に集合済みで、のんびりとハルヒのいない平穏な時を過ごしていた。
「どうしたんだお前」
「似合うでしょ?」
 ハルヒは制服の上から白衣を羽織っていた。どこから調達したのかは知らないが、合法的な手段で手に入れた事を望む。
「一体、何の真似だ」
「女医よ。あんたには何に見えるってのよ?」
 俺には研究所にこもって怪しい発明をしているマッドサイエンティストに見えなくもないけどな。
「今日はこの団長のあたしが直々にあんたの怪我を見てやろうって思ってるのよ。みくるちゃん、今日はメイド服じゃなくてナースね」
「あ、はい……えっと」
 ちらりと視線を送られ、俺と古泉は将棋盤を放置して部室から出る。俺の為の行動だと言うのに、一回部室から追い出すってのはなんとなく間違っているような気がしないでもないが、ハルヒのやる事だからいちいち指摘をしても仕方がない。
「体育で痛めたそうですね」
「大した怪我じゃないけどな。コマを持つ手を左にしてりゃ問題ない」
「それは良かった。骨でも折れていたら、しばらくはあの調子かも知れませんからね」
 勘弁してくれ。
 壁にもたれて項垂れていると、ドアがゆっくりと開いて朝比奈さんが顔を出した。
「次の患者さん、どうぞ」
 いかにも言わされてる口調だ。朝比奈さんに促されて部室に入ると、いつものハルヒの机の前にパイプ椅子が置かれていた。
 やれやれ、ハルヒは本格的にお医者さんごっこをするつもりらしい。いい年して何やってるんだろうね、まったく。大した怪我じゃ無いとは言え、患者役の俺が本当に怪我してるってのを考慮してくれよ。
「見せてもらうわよ」
 わざわざ湿布を剥がして患部を見る。
「難しいわね」
 などと、ハルヒは手首に顔を近づけて仏頂面で睨みつける。捻った時には少し痛かったが、変な風に曲げなければもう痛くもない。腫れてるわけでもないし、アザも出来てないだろ。医者が見ても捻ったかどうかなんてわからないかもな。
「ふーん……」
 ハルヒは俺の手を握り、
「痛ててっ!」
「あ、こうすると痛いのね?」
 そりゃそうだ。つーか今、お前おかしな角度に捻らなかったか。捻挫の痛みと言うより、関節技を食らった時みたいな感じだったぞ。


 その日はしばらくハルヒのお医者さんごっこに付き合わされ、解放された頃には俺の手首は包帯でぐるぐる巻きになっていた。そのままの状態で固定するように言われ、俺は肩を落として長門のマンションへ。
「飲んで」
 部屋に入ってくつろいでいると、長門はコップと一つの錠剤を俺に渡した。
「市販の薬。痛みを和らげる効果がある」
 長門が出したものなら安心だろう。少なくとも適当に包帯巻かれるよりは効果があるに違いない。
 ためらうことなくその錠剤を飲んでしばらく待つ。気休めかも知れないが、何となくぼんやりとしてきた。
 どんな薬物にも副作用があり、代表的なところでは風邪薬を飲んで眠くなることがそうだ。眠って治す為にとわざと眠くなる成分が入っていると誤解している者もいるが、風邪を治す効能のある薬を作ろうとするとどうしてもそうなってしまうのが原因である。
 長門がくれたこの痛み止めにも眠くなってしまう副作用があったのだろう。そうだよな。
「そうではない」
 長門は首を振り、
睡眠導入剤。それが主な効能」
 つまり長門は、麻酔と似たような手法で俺の患部の痛みを弱めてくれるつもりらしい。確かに眠ってしまえば多少ひねっても痛みは感じないだろうけどな。
「今日は泊まって行った方がいい」
 それが目的じゃないよな?