今日の長門有希SS

 放課後はあたかも生まれた時からそうする事が義務づけられているかのようなSOS団の活動がある。今日は俺もハルヒも特に用事が無く、わざわざ別々に行く必要もないので一緒に部室に向かっている。元々は、いや今だって名目上はSOS団ではなく文芸部の部室なのだが、そう考えている人間はこの学校にはほとんどいないだろうな。
「今朝からちょっと思ってたんだけど、あんた声がいつもと違わない?」
 話している途中、ハルヒがそんな事を言った。相変わらずよく気付くもんだ。
「風邪でも引いてんの?」
 別にそう言うわけじゃないけどな。昨日はナンパに失敗した谷口に付き合わされてカラオケに行ってたから、それが原因だと思うが。
「じゃあ荒れてんじゃないの。そう言う時に風邪を引きやすいんだからちゃんと予防しなさいよ。あんたが風邪を引いたら誰が困ると思ってんのよ」
 へいへい。どうせ雑用係の俺がいないと誰かにしわ寄せが行くってんだろ。
 しかし、予防ったってどうすりゃいいのかね。うがいでもしろってのか?
「喉が荒れてんならやっぱりうがいね。せっかくだからあんただけじゃなくてみんなにもしてもらいましょう」
 何でも大がかりにするのがこいつの特徴だな。良いところか悪いところかよくわからないが、まあ、悪い事ではないか。
「そう言えば紅茶でうがいすると良いって聞いた事があるわ。インフルエンザの予防だったかしら。うがい薬もないし、それでいいかしら」
 わざわざ朝比奈さんが淹れてくれた紅茶でうがいをするってのも失礼な話だな。きっちり温度を調整してくれているんだぜ、それをうがいに使われたらお茶っ葉も浮かばれないな。
「そこは大丈夫よ」
 などと話しているうちに部室の前にやってくる。ハルヒは何もノックもせずにドアノブに手をかけようとするので片手でドアを押さえてノックをした。
「どうぞ」
 着替えは既に終わっていたらしい。仮にこれで朝比奈さんの着替えを目撃したら、ハルヒが原因だというのにそれを棚に上げて俺が説教される事になりそうだからな。本来なら糾弾されるべきはハルヒなのに、そのような未来が見えるし、恐らくそれが間違いないんだから困ったもんだ。
「ちょっと待って下さい。今、紅茶を淹れてますから」
 朝比奈さんはやかんに温度計を入れ、それとにらめっこしている。いつもながら朝比奈さんは俺達においしいお茶を提供しようと余念がない。
「みくるちゃん、今回はお茶っ葉の残りを捨てないでもらえる?」
「はあ。別にかまいませんけど……」
 朝比奈さんが戸惑うのも無理はない。しばらく逡巡してから、
「あ、畳のお掃除ですか?」
 確かにお茶の葉っぱを使って畳の掃除をするってのはどっかで聞いた事があるな。しかし、日本茶でやるってのは聞いた事があるが、紅茶でもいいんだろうかね。まあどちらも茶の葉だから大した違いはないような気がするが。
「違うわよ。みんながインフルエンザにならないように、紅茶でうがいして予防しようと思うの。でも、新しい葉っぱだともったいないじゃない」
「ああ、そう言う事ですか」
 納得したように頷いてから、朝比奈さんはティーポットに視線を送る。
「けっこうお茶が出ると思うんですけど」
「それなら大丈夫」
 ハルヒはぽんと俺の肩を叩く。
キョンが飲んでくれるから」
 みんなで飲めばいいと思うけどな。


 皆が到着し、ハルヒの指示によりそれぞれハイペースでお茶を飲む。もちろん飲むのは俺だけではないのだが、それでも俺が飲んだ量が一番多いだろう。
「おかわり」
 長門が頑張ってくれるのはありがたい。いつもは読書をしながらチビチビ飲んでいるだけなのだが、今日は本を読みながら常にカップを手に持っている状況だ。
「……」
 目が合うと長門はしばらく俺の顔を見て、それから本に視線を落とす。そしてカップを口に運ぶ。長門は俺の次くらいに飲んでくれており、ありがたい事だ。
 ちなみに、朝比奈さんが言うには活動が終わる時まで何杯かお代わりしても薄くならない程度の葉っぱが入っているそうで、すなわち俺達は放課後に長い事ちまちま飲んでいる量を一度に飲まなければならない。
 よく考えてみたら普通に活動をして終わる頃に出涸らしになった葉っぱを使って薄い紅茶を淹れれば良かったんじゃなかろうか。別に最初にうがいをしなきゃならないって事はないだろう。
「善は急げよ」
 一時間や二時間でそれほど違いやしないだろうけどな。しかし、俺達は一体何杯の紅茶を飲んだんだ。これだけ飲んでたらもううがいの必要も無さそうだが。
「そろそろ薄くなってきたわね。それじゃ、今淹れてるのがぬるくなったらうがいをしましょう」
 ようやくこの荒行が終わったらしい。考えてみたら出涸らしじゃなくて最初の方のお茶を薄めれば似たような効果があったと思うのだが、今さら言っても仕方ない事か。
 朝比奈さんのお茶がうまかったのが救いではあるが、さすがにここまで飲まされると少々きつい。お茶の飲み過ぎで胃からたぷたぷと音が聞こえるってのは気のせいだろうか。
 で、そのうがいの方だが、ハルヒがどこからか持ってきた金属のカップでうがいをした。どうせ保健室かどこかからかっぱらってきたのだろうが、あれだけ俺にうがいをしろと言っていたわりには、うがいをしている途中で「いつまでやってんの」とさっさとカップを奪われてしまった。結局のところ実際に予防をしようってよりは形だけやってみたかっただけなんじゃないかね。
 まあ、その翌日には喉はすっきりしていたのは事実であるが、そもそもカラオケで傷めたのがそれほど長引くわけでもなく、効果があったのかどうかはよくわからない。