穴埋め小説「ムービーパラダイス」79

 目を開けると、ガウンを着た尾崎と、ラバースーツを着た安藤が俺をのぞき込んでいた。
「なっ!?」
 一瞬、状況がよくわからなかったが、落ち着いてみると、やっぱり状況がよくわからなかった。
 あまりに錯乱して、俺は思わず右手を銃に伸ばす。
「痛っ」
 が、手首に痛みが走った。俺の右手には包帯が巻かれていた。
「これは?」
「無理に暴れるから、酷い傷ができたのだ。一応は治療しておいたが、不満ならば病院に行け」
 そう言えば、俺はビデオによって狂った安藤によって、拘束されたのだった。それを無理に外そうとして怪我をしたのだ。
「この器具には展性チタン合金が使われている。人間の力で外れるものではない」
 と、安藤は既に俺の手から外れている手枷をこつこつと叩く。俺の拘束は全て外されているが、まだ例の分娩台に寝かされていた。まあ、無理に動かす必要がなかったからだろう。
「あれ?」
 ふと見ると、俺の横で拘束されていた岡田君が、泡を吹いて失神しているのに気がついた。拘束は外されている。
「岡田君はどうしたんだ?」
「よくわからぬが、ホラーだとか騒いで気絶しおった」
 ……なんだそれは。
「ところで、どうやってビデオを止めたんだい?」
「それは我輩も気になっている。人間の力で拘束が外せるはずがないし、外れていなかったのに……」
 尾崎と安藤が不思議そうに俺を見ていた。
「え……俺が止めたのか?」
 手を無理矢理に外そうとしたところまでは覚えているが、そこから目覚めるまでの記憶がない。
「おお、銃弾が飛んできて、ビデオのコードがイカれちまったのよ」
「その銃だ」
 安藤が指さしたのは、俺の胸の上に置かれた銃だった。持ってきた事は覚えているが、使った記憶はない。
「減ってる……」
 弾数を確認してみると、きっちり三発減っていた。俺が撃ったというのは本当らしい。
 岡田君なら知っているのかも知れないが、失神していて聞くことができないのが残念だ。
「俺も覚えてない。まあ、どうでもいいか」
 ビデオが止められたのは確かだ。不思議なことが起きたようだが、あまり気にしなくていいかも知れない。
「さて……」
 体を起こそうとしたが、妙に力が入らない。仕方なく俺は分娩台の上に腰掛けたまましばらく休む事にした。
「ところで二人とも、正気か?」
 尾崎はともかく、悪鬼である安藤ならばこういう回りくどいだまし討ちすら行いかねない。
「俺はもう正気よ」
「我輩もだ」
 安藤がやけに控えめなのは、少しは反省しているからかも知れない。
「結局、あの女は何だったんだ?」
 ビデオを再生することで現れ、ビデオを止めることで消えた女達。幻覚などではなく、確かに実在していた。
 そして、安藤と尾崎は明らかに異常だった。尾崎はある意味でいつもと変わらなかったが、安藤は明らかに異常だった。普段ならば、安藤はあのような単純なミスをすることはなく、もっと狡猾で残忍であるのだから。
「それに関してだが――」
 安藤が目線を地下室の中心あたりに向ける。そこにあるのは、安藤が座っていたソファだが――ん?
「奴の話も聞いてみよう」
 薄暗くてはっきりとは見えないが、ソファには確かに誰かが寝かされているのが見えた。