穴埋め小説「ムービーパラダイス」77

 テレビの電源が、ブレーカーや何らかの原因で一瞬だけ切れる事がある。そんな時、テレビは一瞬真っ黒になり、またぼんやりと像を映す。
 それと似たような現象が、あの巨乳にも起こった。しかもそれは、尾崎がビデオの電源を切り替えた瞬間。
「あ、あの二人は――ビデオ――」
 信じられないと言う表情を浮かべる岡田君に、俺は無言でこくりとうなづく。
「そうとしか考えられないな」
 ラバースーツと巨乳は、ビデオの中の女だ。それがなぜか、実際のこの世界にいる。
 そう言えば、あのビデオをレンタルする時、店主の老人はビデオを『この娘』などと呼んでいた。安藤もビデオを女と呼んでいた。
 にわかには信じられないが、他に説明がつかない。あの店のビデオは、女なのだ。
「それで、例のものは?」
「ぬかりはねぇぜ」
 と、尾崎は鞄から、もう一つビデオデッキを取り出し、電源をつなぐ。それにはコードなどが接続されていない。
「テレビはあるのかい?」
「うむ。ちょっと待て」
 と言うと、安藤は懐から携帯電話を取り出すと、何やら操作した。
「スタンディングバイ」
 携帯電話から謎の音声が聞こえたかと思うと――

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 地鳴りのような音を立てて、俺達のいる場所の反対側の壁がスライドし、壁一面の巨大なモニターが現れた。
「ははっ、でっけぇテレビじゃねぇか」
 巨乳女の肩を抱き、葉巻を吸う尾崎。バスローブのようなガウンを着ているので、もはやその姿はアメリカ映画のマフィアのボスである。
「この威圧感が良いのだ」
 対抗するように、ゴム女の肩を抱く安藤。きゅきゅっと、ゴム同士がこすれあう嫌な音が聞こえる。
「――の最中にな、その姿を自分自身に見せつけてやるのだ。そうすることで、絶望がさらに増すのだ」
「安藤よ、お前ぇさんは悪魔のような男だな!」
 マフィアっぽく笑う尾崎に、ゴムっぽく笑う安藤。マフィアゴムな空間だった。
「それじゃあ、早速、その女を再生しねぇか?」
 ひとしきり笑ったあと、尾崎が安藤の胸の膨らみを指さした。胸の膨らみと言っても、バストではなく、そこに入っているビデオテープだ。
「そうだな、そのためにデッキを持ってきて貰ったのだから。手間をかけたな」
「いいって事よ」
 と、ニヒルっぽく手をひらひらと振る尾崎。安藤はビデオデッキと壁のモニターを接続し始めた。
「く――」
 なんとなくあれを再生させてはいけないと感じていた。安藤も尾崎もあのビデオを借りて、恐らく再生してからおかしくなっている。この上、もう一本のテープを再生されたら、とんでもない事が起きるかも知れない。
 しかし、俺は体を固定されて、どうする事もできなかった。岡田君もがちゃがちゃと必死に脱出を試みているが、外れる気配はない。もがきすぎて、固定されている手首がこすれて、血が滴っている。
「くそっ!」
 安藤がビデオをセットしている様子を、俺達は何もできず、ただ見ているしかできなかった。