穴埋め小説「ムービーパラダイス」74

 安藤の目の前にあるビデオデッキが怪しい。それを止める事でどうにかなりそうな気がするのだが、俺達は拘束されていた。
「外れる?」
「ちょっと……難しいナリよ……」
 岡田君はもぞもぞと動いているが、外せないようである。
「無駄だ」
 椅子に座っていた安藤がユラリと立ち上がる。女と同じように、安藤は黒光りする真っ黒なラバースーツで体を覆っているが、ラバーマスクはしていなかった。
「今までその拘束具から逃れた人間は一人もおらぬ。それは力ずくでどうにかできるような代物ではない」
 ぺたぺたとこちらに近づいてくる安藤。俺達のそばまで来ると、満足げな表情で笑みを浮かべた。
 確かに安藤ならば、そんなに簡単に外れるようなものは使わないだろう。
「俺達をどうする気だ!?」
「貴様らには何もせぬ。しばらくそこで大人しくしていてもらおう」
 安藤は興味がなくなったとでも言うように、俺達に背を向ける。
「目的はそのビデオなのか?」
 俺の言葉に、安藤がぴくりと肩を震わす。
「その、とは彼女の事かね?」
 ――彼女?
「それ、などと穂乃菜を軽々しく呼ぶな!」
 安藤が血走った目で、歯をむき出して怒りを露わにする。
 その表情を見て、俺は安藤が正常でない事を悟った。安藤は悪魔――いや、魔王のような間違いなく悪である人間だが、比較的冷静であり、このように表情を歪めてまで怒りを表現することは少ない。
 それに、俺は女の事ではなく、ビデオの事を聞いたのだが……
「察しの通り、穂乃菜に貴様を襲撃させた目的は、貴様のレンタルした女を手に入れるためだ」
 ――女?
 安藤の口振りからすると、俺を撃ったのはラバースーツの女らしい。しかし、安藤は俺から奪ったものをビデオではなく、女と呼んでいる。
「この女だろう?」
 と、安藤はラバースーツの胸元から、パッケージに入ったビデオテープを取り出した。紛れもなく、俺がレンタルして奪われたあのビデオだ。
 先ほどから、安藤の言動は常軌を逸している。ビデオテープを女と呼んでいるようだが……
 そう言えば……安藤がレンタルしたのはどのようなビデオだっただろうか?
 安藤は小脇に抱えていたが、妙に黒いパッケージだったような気がする。今思い出してみると、それは人型をした黒い塊だったような――
「あ――」
 安藤が穂乃菜と呼んだ女を見てみると、どうもパッケージの黒い塊がラバースーツだったような気がしてきた。
 安藤がもともとラバーフェチでラバースーツを持っており、たまたま召使いの女にそれを着せていたとする。そして、ゴムフェチのビデオをレンタルしたと考えると良いだろうか?
 しかし、ラバーを楽しめる環境にあるのなら、わざわざラバーのビデオを借りる必要などないわけで、その線は違うような気がする。
「貴様の考えている事をあててやろうか?」
 穂乃菜とやらを観察していると、安藤が全てを見透かすように俺の顔をのぞき込んで怪しい笑みを浮かべた。
 俺の考えていた事とは、あのビデオとラバースーツの女の関係性である。安藤はそれに答えると言うのだろうか?
「貴様の考えていることなど、全てお見通しだ」
「何だ? 言ってみろ」
 にやりと笑う安藤。
「貴様、我輩の穂乃菜が羨ましいのだろうっ!? しかし貴様には指一本触れさせぬ! 貴様はそこで、穂乃菜を見て欲情でも何でもして、うらやましがりながら拘束され続けるがいい! ばーか、ばーかっ!」
「違う」