穴埋め小説「ムービーパラダイス」70

「……………」
 目を開けると、俺の目の前には岡田君と、燕尾服を着た怪しい女。
アッサラーム
 俺と目が合うと、その女はどこの口とも知れない挨拶をしてきた。
「何だお前」
「我が名は宗教団体『片山』の教祖、臨民明。よもや忘れたとは言わさんぞ!」
 叫び、上半身だけ裸になる女。
 これほど濃い人間なら忘れるはずがないのだが……知っているような気はするが、俺はこの女が誰か思い出せない。
「悪趣味な冗談は止めぬか。一度は肌を重ねたこの私を忘れたか!」
 有り得ない。
「おかしな事を言うな」
「ふむ、本当に忘れているというのか……なるほど、理解した」
 燕尾服に腕を通しながら、臨という女はうんうんと頷く。
「どういう事だ?」
「自分が霊体だった事を覚えておらんのだろう?」
「何の話だ?」
「お前は今まで、亡霊だったのだよ。それで、肉体に入ったことで肉体に主導権を奪われ、その時の事を忘れてしまったのだ。人間の記憶というのは肉体と霊体に記録されるのだが、霊体の記憶を肉体の記憶が上書きしてしまったわけだ」
「そんな事――」
「本当ナリよ。今まで、幽霊だったナリ」
 この奇妙な女が言うのは信用できないが、岡田君が言うのなら本当なのかも知れない。
 記憶が無い時間があるというのは気持ちの良い事ではないが、酒に酔って記憶を失ったとでも思って気にしないようにしよう。
「ところで、ここはどこだ?」
 まわりは白い壁、そして、俺はベッドに寝ている。みたところ、病院の病室のようだが――
「病院ナリ」
「何だって!」
 深い意味は無く、俺はキバヤシチックに驚いてしまう。
「飢巣譚に撃たれて入院したナリよ」
「そう言えば……」
 記憶がはっきりしないが、飢巣譚の奴らと撃ち合いをした覚えがある。
「岡田君に会いに行く予定だったのか」
「そうナリ」
 だんだんと思い出して来た。俺は岡田君に会うために家を出て、飢巣譚に襲撃された――
「俺が、飢巣譚に?」
 違和感がある。あいつらは射撃の腕は悪く、俺を倒せるとは思えない。
 自分で言うのもなんだが、俺は射撃に関してはかなりの実力を持っている。飢巣譚とならば、真正面から撃ち合ってもかすり傷すら受けない自信がある。
「む?」
 記憶の隅に何かが引っかかっている。俺の記憶の最後に、何か黒い影。
 誰だ?
 俺が飢巣譚と銃撃戦を繰り広げた後、俺は誰かに出会った。


「あ――」


 銃撃戦が終わった直後、俺は銃声を聞いた。そして、振り返った先にいたのは――


「あ、ああ――」


 全身を真っ黒なラバースーツを着た人間が俺に銃口を向けていた。


「安藤っ!」


 そして、俺を撃ったのは、そのラバースーツだったのだ。