穴埋め小説「ムービーパラダイス」65

 俺達は客間に通された。俺達と言っても、事情を知らない者がみれば、臨が客間に通されたというだけの状況なのだが。
「一体、どういう事ナリか?」
 切り出した岡田君に対し、臨は目を瞑ったままうつむいている。何かを考え込んでいる、言うべき言葉を探しているのか。
「……………」
「臨?」
「おい、臨」
 岡田君だけでなく、俺の言葉も無視する。もしや、寝ているのではないかと思ったりしたが、さすがにそう言うわけではないようだ。
「そうだな――」
 何かに納得したのか、臨がぼそりと呟いた。
「この臨を通して会話するより、直に話した方が楽だろう?」
 誰かに問う。俺か岡田君か、はたまた両方か。
「そりゃあ、まあ――」
「そんな事ができるなら助かるナリよ」
 ほぼ同時に同じ様な内容の言葉を聞き、臨は苦笑する。
「仕方ないな、そこまで言うならこの体をお貸ししよう」
 臨は椅子にゆったりと腰掛けると、リラックスするように目をつぶった。
「私に体を重ねてみろ」
 くいくいと、俺を手招きする。
「重ねる?」
「そうだ。体を私にだぶらせてみるんだ」
 言われた通り、俺は臨のいる位置に自分の体を重ねてみる。その刹那――
「うっ――」
 妙な感覚。体の表面が沸騰するような奇妙な感覚に、体の輪郭がぼやけるという感覚。そして――


「――――」


 俺は目を開けた。目の前には、不安げな表情の岡田君。
 やけに体が重い。まるで、泳いだ直後のように、力が入らない。
 これは――
「大丈夫ナリか?」
「どうにか」
 大丈夫、と手をあげる俺。気怠さが残るが、先ほどの異常な感覚はもう無い。
「そうナリか……」
 ほっと胸をなで下ろす岡田君。
「安心したナリよ」
 と、そこで違和感に気づく。
「岡田君――」
「どうしたナリ?」
 ん、と顔を上げる岡田君。俺が見えて、声が聞こえているという事なのだろうか?
「この体は……」
 両手を見る。それは見覚えのある俺の手では無く、女の手だ。
『あまり長い時間は体力を消耗するのだ、早くすませろ』
 臨の声が頭の中に響く。どうやら、本当に臨の体に乗り移っているようだ。
『それに、あまり長い時間このままでいると精神を病むぞ』
 不吉な事を言われたので、俺は早くすませることにする。
「一体、どういう事ナリか?」
 岡田君が俺に問いかける。最初に臨に問いかけたのと同じ言葉。しかし、その対象は俺である。
 今の状況を説明すると言葉が長くなる。端的に説明するならば――
「幽霊になってしまったんだけど、モノに触る能力を手に入れたから、見せに来た。臨には説明のために同行させた」
 端的に要点だけを説明したつもりだったのだが、よく考えるとそれ以上の事情など無かったのだ。要するに、それだけの事だった。
「そうだったナリか」
 納得した、という表情をする岡田君。俺の性格をわかっているため、俺が時たま、自分の心の快楽のためにあまり意味のない事をしでかす事をしっているのだ。
 しかし、それにしては感動がない。死んだ人間が会いに来たというのに。
「何か言う事とかない?」
「特に、何も無いナリが?」
 それは、あまりにも冷たくはないだろうか。なんとなく、気分が悪くなってくる。
 期待して来たわけではないが、感動して涙の一つや二つはあってもいいだろう。死んだ仲間がわざわざ会いに来たというのに、その態度は――
「納得いかん!」
 叫ぶ俺。心とは裏腹に、俺は叫んでいた。
 いや、裏腹ではないのだが、そこまで叫ぶほど怒っていたわけではない。
「な――」
 唐突な事に岡田君も驚いている。尾崎ほどニヒルを気取ってはいないが、俺も多少はクール気味なのだ。
「ええい、そこになおれ! オーメン!」
 謎の単語が口をつく。
『まずいな』
 俺の中から声が聞こえる。
「何がっ!?」
 虚空を見上げ、問いかける俺。岡田君からみると狂人に拍車がかかったようにみえるかも知れないが、気にしないことにする。
『我が肉体に主導権を握られているぞ。他人に憑依させるために限りなく肉体を眠らせているのだが、それでも影響は受ける』
 つまり、臨は『自分はこのような奇抜な性格だ』と言っており、それが俺の行為に影響を及ぼしていると言っているわけだ。
 どうにかしないと――
「食らえ!」
 しかし俺の危惧もむなしく、俺は横に立てかけてあった錫杖を握り、岡田君に向けて振り下ろしたのだった。