穴埋め小説「ムービーパラダイス」64

 岡田君は俺が動かすドル硬貨に注目していた。
「狐狗狸! 狐狗狸ナリよ!」
 こっくり。
 ともかく、岡田君の戦意は喪失したようで、日本刀を持った両手をだらりとさげ、口をぽかんと開けながらドル硬貨の動きを見守る。
 俺は床を滑らせて、ドル硬貨を扉のワクに押しつける。うまく押しつけたため、ドル硬貨は縦になり、扉のワクに張り付いた。
「――――」
 もはや岡田君は無言であった。無言で俺がドル硬貨を上にすりあげていく様子を見ている。
「こ、狐狗狸ナリか!?」
「うむ、その通り」
 岡田君の問いに扉越しに答える臨。
「まさしく狐狗狸の仕業である」
 狐狗狸――いわゆるコックリさん――とは動物霊を招いて行う占いの事であり、俺は人間なのだからこれは狐狗狸ではない。そもそも、占いですらなく、共通点はコインが動いているだけである。
 臨がそのへんの事を理解しているのか理解していないのか、その辺の事はどうでもよかった。まあ、臨が霊に関する知識が無いならば教団の運営的に多大な問題があるのだが、俺には所詮どうでも良い事である。
 ドル硬貨を岡田君の目線まですりあげたところで、俺はうまく力を入れて、指先にドル硬貨をのせる。俺はただ単にバランスをとりながら指先でドル硬貨を運んでいるだけなのだが、岡田君には宙に浮いているように見えているだろう。
「ご主人様、がんばって!」
 両手をぐっと握りしめ、息をのんでさくらが見守っている。それよりもその服装を正せ、と言いたくなるのだが、萌えるしさくらのこの姿が無ければ集中が途絶えるかもしれないので、しばらくはこのエロスな恰好でいてもらおう。
 岡田君の目の前まで空中をすべらせ、俺は指を離す。
「っと――」
 さすが武士という反射神経で、岡田君はそのドル硬貨をうまくキャッチした。
「そのドル硬貨はお守り、だそうだ」
 何も言っていないのに、臨が勝手な事を言う。しかし俺は責めない。臨が言わなかったならば、俺がそのように言っていたからである。そして臨はそれがわかっていた。
「――」
 岡田君は無言で扉を見つめる。いや、扉を通して、臨を見つめているのか。
 無言で扉に手をかけ、からからと開ける。
ごきげんよう
 そこには臨が、斜めに傾いで立っているのであった。
「これでわかったかね」
「わかったナリ」
「それは良かった」
 岡田君の返答を聞き、臨がにっこりと笑う。
「わかって頂けたのなら幸いだ、我が教団の素晴らしさを」
 ……は?
「これでわかっただろう、我が教団の功利! 君も今すぐ入信したまえ、今なら我が彫像と共に我が肉体を賞味する権利を差し上げよう!」
 一気にまくし立てる臨。あまりの剣幕に、岡田君は、そうかも知れないナリ、などと呟いていたりする。
ロサ・カニーナ!」
 フランス語だかイタリア語だかわからない単語を叫び、全裸になる臨。英語でない事は確か――とは言い難いが、今まで数年英語を学習して、ロサ・カニーナなる単語を聞いた事が無いのは確実であった。
 しかし、一体どうすれば、一瞬で燕尾服を脱げるというのか。
「ラヴィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 妙な歌を歌いながら、岡田君に向かってルパンダイブする臨。ルパンダイブとはどんなモノかというと、一瞬で服を脱ぎパンツ一丁になり、二メートルほど飛び上がって、両手をあわせたまま峰不二子に向かって落下する事である。
 違うところは、相手が峰不二子ではない事と、臨が全裸である事だけだった。それ以外はまさしくルパンダイブであるのだ。
「いい加減にしろ」
 うなる、うなるパンチがうなる。俺の拳は臨の顔に吸い込まれていき、そんなのはあたらないと言わんばかりの臨の頬を直撃。
「馬鹿なー、この臨民明が手も足も出ないとはー」
 芝居がかった口調で吹っ飛ぶ臨。
「ほ……本当にそこにいるナリか……?」
 空中で見えない何か(俺)に殴られて吹っ飛んだ臨をみて、ようやく俺の存在を実感したらしい。
「そうだ」
 再会を祝う俺に対し、岡田君が複雑な表情でその名を口にした。
手塚治虫……」
「違う」