穴埋め小説「ムービーパラダイス」61

「話だけでも聞いてくれぬかね?」
 しばらく思案した後、扉の向こうの岡田君に臨が声をかける。
「うるさいナリ! 宗教なんて信じられないナリ!」
「我々の教団は――」
「その手は食わないナリ! そうやってまた拙者に壺を買わせるつもりなのはわかっているナリ! もう不幸になるのはまっぴらナリよ!」
 壺って……
「はははっ!」
「な、何がおかしいナリか!?」
 突如、笑い出した臨に対し、岡田君が戸惑いの声をあげる。
「君は我々の教団を勘違いしている。我々の教団では壺を買わせるような事はしていない」
「ほ、本当ナリか……?」
「マリア様に誓って」
 誓う対象を間違っている気がする。
「本当に信用しても良いナリか?」
 扉を少しだけ開き、目だけだして臨を見る岡田君。
「安心したまえ。我が教団が売っているのは壺などという戯けた代物ではない。私の肢体をかたどった彫像である!」
 刹那、臨は全裸になる。奇抜な装飾を取り払った臨はなかなかの美女であるのだが、住宅地で躊躇い無く全裸になっても何ら動じない性格であることを思うと、素直に良いと思えないのが事実。
「な――」
 度肝を抜かれる岡田君。そりゃそうだ、臨にしばらく接した俺でさえ、度肝を抜かれているのだから。
「ほぅら少年、この美しい肉体(をかたどった彫像)が欲しくはないか?」
「不潔!」
 岡田君はぴしゃりと扉を閉めた。
「何が不潔なものか! 私の彫像に毎日拝むことで、信者は救われた気になるのだぞ! しかも階級ごとに買える彫像のランクが違い、信者は階級を上げて新しい彫像を自らの意志で買い、仮初めの達成感を得た気になるのだ!」
 心霊商法。
無神論者め!」
 吐き捨てると、臨はぶつぶつと呟きながら脱ぎ捨てていた服を着込む。全裸の上に燕尾服を羽織るというだけの簡素な服装であった。
「買わねば一生後悔するぞ!」
「待て臨」
「む?」
「目的が変わってる。目的は岡田君をお前の教団に入信させることじゃなくて、俺の存在を話すことだろう」
「気のせいだ」
 絶対違う。
「何をぶつぶつ言っているナリか!?」
「霊体となった君の友人と話しているのだ」
「な――」
 岡田君が絶句する。
「そ、それは本当ナリか――?」
「うむ。私の横に立っている」
「……」
 無言で扉を開け、こちらの様子をうかがう岡田君。しかし、当然の如く臨しか見えないようだ。
「危うく騙されるところだったナリ! 拙者はもう心霊商法の類には引っかからないナリよ! でも、本当に拙者の友人がいるナリか?」
 言葉とは裏腹に、臨の言葉に心をゆらす岡田君。本当に騙されやすい。以前にもこうやって壺を買ったのだろう。
「友人とは誰が来ているナリか?」
「それは――む」
 ここまで俺の名を聞いていなかった事に気づいたらしい。俺が名を告げると、臨はその通りの名前を岡田君に告げる。
「嘘ナリ! 拙者の友人に手塚治虫はいないナリよ!」
 扉を閉める岡田君。雰囲気を和まそうと冗談を言ったのだが、どうやら逆効果だったようだ。