穴埋め小説「ムービーパラダイス」59

「駄目だ……」
 指導する人間が臨に変わったところで、俺がやることは一緒だった。地道に缶を突っつこうとして、すり抜けるという事を何度も繰り返す。
 臨の指導は妙なもので、リラックスしろだとか全身の力を抜け、などの当たり障りの無いものや、自分を見ている客を野菜だと思え、手のひらに人という字を書いて飲み込め、などの明らかに役に立たないものまで含まれているのだった。
 しかも、自分からやるとか言っていた臨だが、しばらくすると長椅子で休憩しているさくらの隣に座り、二人で何やら会話をしていた。
「ボールを持ったらフィールドの全員が自分を見ていると思え」
 再び謎のアドバイス。もはや球技であり別の競技に対するそれのような気がしてくる。例えばそう、ラクロスのような。
 しかし気にせず、俺は缶を動かす訓練を続ける。要するに自分が霊体である事を忘れれば良いのだ。
「蹴るときはボールを見ない」
「サッカーかよ」
 思わず顔を上げると、少し離れた位置に臨とさくらが立っていた。さくらはもうある程度は足に力が入るようで、自力で立っている。
「その通り、サッカーだ」
「は?」
「手で触れる、というのは意識してやっている行為だから、どうしても触ろうという思考が入ってしまう。缶を蹴るという行為なら、自分が霊体であり、触ろうとしているという事実を忘れやすいのだ」
 確かに、蹴るという行為は意識してやっていない場合があるかも知れない。歩いている時に石を蹴って歩いた事というのは誰しも経験があるだろう。そう言う場合、人は蹴ると意識しているのではなく、無意識に蹴っているはずだ。
「あまり缶の位置は気にしないで、蹴ってみるが良い」
 俺は立ち上がり、一度だけ缶の位置を確認すると、前を向いて缶のあたりを蹴る。
 しかし、俺の足には何の感触も伝わって来ず、缶はもとのまま。まあ、それほど簡単にはいかないという事だろう。
「位置はあっている。こちらを向いて繰り返すと良い」
 臨の指示に従い、俺は素振りのような行為を繰り返す。何もない空間を蹴るというのは意外と苦痛で、足の付け根あたりに微妙にしびれるような感覚がある。
「もう少し右。目線を下げない」
 臨の指示が飛ぶ。
「ご主人様……」
 両手を握りしめ、息をのむさくら。その声援を受け、再び作業に没頭する。
 何度も繰り返し疲労がたまる。目線は下に下がり、息が上がってきた。
「ボールは足の甲で蹴るんだ」
「サッカーかよ」
 思わず顔を上げ――
「えっ!?」
 俺は自分の目を疑った。俺が視線をあげると、後ろにまわりこんだ臨の手によってさくらの着物がはだけさせられ、さくらは上半身を露わにしていた。俺が見上げた途端にそうされたらしく、さくらは一瞬何が起きているのかわからず戸惑ってから、きゃあと悲鳴をあげてその場にへたり込む。
「い、いやぁ……」
 さくらは顔を真っ赤にして、自分自身を抱きしめるようにして胸を隠す。今さら隠すことも無いような気がするのだが、やはり恥ずかしいらしい。そんな表情を見ていると、クるものがある。


 カン――


「え?」
 俺の足下から心地よい金属音が響く。咄嗟に足下を見ると、先ほどまでそこにあった缶が消えている。果たして缶はどこに?
「む――」
 臨が小さく声を漏らす。ああ見よ、俺に蹴られた缶は勢い良く、臨の顔に吸い込まれていくではないか。
 缶が臨に激突するという瞬間――


 しゃらん――


 臨が手に持った錫杖で地面をつく。刹那、缶は空中に停止。


 しゃらん――


 もう一度つくと、缶は力を失って地面に落下した。
「臨、それは……」
カルト教団の教祖たる者、ATフィールドくらい出せねば信者を騙せぬ」
 そう言う人間離れした能力があるのなら騙す必要ないのではないか、と思うが。


 ともかく、これをきっかけに、俺は霊体でありながら物体を触るというコツをどうにか掴んだのだった。