今日の長門有希SS

 1/071/081/091/101/151/161/171/181/211/22の続きです。


 喜緑さんが舞うように動くと、その手の触れた雪が玉となり、こちらに向かって閃光の様に飛来。
「……」
 無言で長門が俺の前に立ち、朝倉がその少し前に。喜緑さんの投げた雪玉は、朝倉が舞い上がらせた雪に触れると、音もなくその場で砕けり、いくつかそれを突破したとしても長門がそれを迎撃する。
 屋上の上は吹雪が吹いているかのように視界が失われているが、長門や朝倉はそれでも喜緑さんの攻撃を防ぎ続けていた。
 三人の戦いを見て、あの時に似ているなと思った。
「もう、きりがないなあ。長門さん、防御の方をお願い」
「……」
 長門が僅かに首を縦に振ると、朝倉の足下からつららのような透明な氷の塊が生えた。朝倉はそれを掴み、まるでミサイルのような勢いで喜緑さんがいるであろう方向に――
「って、お前は喜緑さんを殺す気か」
「手を抜いたら負けちゃうよ」
 と言って、氷の棒を引っこ抜いては投げつける朝倉。以前と違ってわざわざ投げるために手を触れているのは、こんな状態になっても雪合戦という範疇で戦おうとしているからだろうか。
 先程に比べて雪玉が迎撃される地点が近付いており、目の前にいるはずの朝倉の姿すらかすみ始めた。一気に気温が下がったように感じられる。
「きゃっ」
 遠くの方で喜緑さんの声が聞こえ、向こうからの攻撃が止まるが、それでも朝倉は足下に生えた氷の棒を投げつけるのを止めない。
「おい、やりすぎじゃないのか?」
「そう思う?」
 朝倉は淡々と、
「本当にそう思う?」
 まるで何かを焦っているかのように攻撃を続ける。
「ええと……」
 その張り付いたような表情を見、今までの喜緑さんの事を思い返してみると、その行為はそれほどやりすぎていないように思えてきた。
 つまり、この程度であのお方を倒せているかというと、それは――
 突風が吹き、撒き上がっていた雪が吹き飛ばされた。屋上の上には、朝倉の降らせた氷の柱が突き刺さっていて、見るも無惨な状況。
「いない!」
 朝倉が悲痛な声を上げる。
 これだけ広範囲に攻撃をしていたのに、喜緑さんが屋上のどこにも見あたらない。まさか、逃げたって事はないよな。
「ん?」
 一瞬、視界が暗くなった。これは――
「危険」
 低い位置から長門の声が聞こえたかと思うと、俺の体はふわりと浮いていた。
「きゃ――」
 急速に遠ざかる朝倉の姿が見えなくなった。雪の壁が降ってきたように。
「逃げられてしまいましたか」
 ふわり、とその上に喜緑さんが降り立った。朝倉をすっかり覆い尽くした、大量の雪玉の上に。
 もしあのまま風が吹かなければ、喜緑さんが上空にいたことに気付かなかったかも知れない。そして、朝倉と同じように、俺と長門もあの雪玉の下に。
「もう小細工は通用しない」
 長門が雪玉を一つ握り喜緑さんを真っ直ぐに見つめる。その目には絶対に倒す意志。
「そうですね。では、真っ向勝負ということで」
 と言うと、喜緑さんは雪玉を持ち――こちらに顔を向けた。
「勝負には負けますけど、全力で投げます。怪我をしたらごめんなさい」
 その瞬間、喜緑さんの手から放たれた雪玉が棒のように伸びた。いや、それはあくまでも球体だが、残像でそう見えているだけだ。
「――」
 長門は持っていた雪玉を、喜緑さんにではなく、その高速で飛来する雪玉に向けて投げた。空中で衝突したが、長門の雪玉は無惨にも砕け散った。
 しかし、それでも威力を殺すのには成功したようだ。その雪玉は、俺の胸にあたり、ぽす、と砕け散った。
「……あ」
 それとほぼ同時に、長門の体にも雪玉が当たる。俺を守ることに注意を奪われ、次に放たれた喜緑さんの攻撃に気が付かなかったのだ。
 思えば、先程と同じく長門は俺を守るためにその力を発揮できなかったのだ。
「ふふ、これでこちらのチームの勝利ですね」
 おかしそうに笑う喜緑さん。しかし、二つほど忘れていた事がある。
 ぽふ、と音がして緑色の彼女の頭に雪玉が落ちてきた。
「え?」
「攻撃された時、俺も雪玉を投げていたんですよ」
 俺だってただの足手まといではない。やる時はやるのだ。
「でも、そちらのチームは既に誰も――」
「俺達には古泉がいます。あいつがまだ生きているはずです」
 旗を守るため、古泉は俺達の陣地で待機している。だから、俺が攻撃を受けた時点で、人数は一対一なのだ。
「それは盲点でしたね」
 喜緑さんはふう、とため息をついてから。
「覚えておくがいい、必ずや第二第三の喜緑がお前達を苦しめるであろう」
 などと言って、屋上から飛び降りていった。
 いや、あの人ならその程度じゃかすり傷も負わないだろうけど。


 それから朝倉を発掘し、雪玉を食らっていた仲間と合流し、旗の前でぽつんと体育座りをしていた古泉のところに向かった。
「おや、我々が勝利したんですか?」
 暇だったのか、古泉は携帯のアプリで何やら落ちモノパズルゲームをやっていたようだ。ところで、ここまで来た敵はいたのか?
「いえ、誰も」
 加えて言うと、開始してから味方すら誰も来なかったらしい。相当暇だったようだ。
「二十連鎖しました」
 どうでもいい。
「ま、いい勝負だったわね」
 ハルヒはそれなりに満足したようだ。
「今度はいつやろうかしら」
 それなりという事は、完全には満足していないという意味であり、
「いつ、ってのは何分後って意味ね」
 もう暗くなってきただろ、勘弁してくれ。
「仕方ないわね……わかったわ、今日は解散。今日は、ね」
 などと不吉なことを言って活動終了となった。
 その後、ジャージから制服に着替えて、いつも通りの帰路につく。雪合戦をしても、普段通り過ごしていても、俺達がこうして集団で帰るのはいつも変わらない。
「冷えたから温かいものでも食べて帰りましょ!」
 などとハルヒが買い食いの提案をするわけであるが、今回に限っては全面的に賛成だ。
「ん?」
 ファミレスに入ると、コンピ研の連中が俺達と同じように奥の方のテーブルにいるのが目に付いた。考えることは一緒らしい。
「あいつら、あたし達のストーカーじゃないわよね」
 ハルヒがそんな失礼な事を言う。そもそも向こうの方が先にいただろう。それに、お前のワガママに付き合ってわざわざ来てくれた奴らにそんな言い方をするのもどうかと思うぞ。
「え? あれ呼んだのあたしじゃないわよ」
「は?」
 てっきり、ハルヒが強要したのだと思ったが。
「あたしがそんな事をするわけがないでしょ」
 パソコンを強奪しておいてよく言う――ってそんな事はどうでもいい。問題は、一体誰が彼らを巻き込んだか。
「古泉くんじゃないの?」
「いえ、僕は彼らとはそれほど親しくないもので」
「じゃあ、みくるちゃん?」
「ひっ」
 何かのトラウマが発動したのか、朝比奈さんはビクリと体を震わせる。朝比奈さんでも無さそうだ。
「じゃあ、誰かしらね……まあいいわ。さっさと選びましょ」
 そこでこの話は打ち切られ、ハルヒが広げたメニューを見ながらそれぞれ料理を選んでいく。
 そんな中、俺だけはメニューではなく、違うところを見ていた。
「……」
 視線に気付いてチラチラとこちらを見る長門からは、何か楽しそうな雰囲気が感じられた。
 コンピ研の部員達を呼んで、人数を増やしたのはお前なのか?
 その目的は、ハルヒに集めるように言われたからというだけではないだろう。それはきっと、長門自身が――
キョン、早く選びなさいよね。あんたが決めてくれないと注文できないんだから!」
 ハルヒの騒がしい声を聞きながら、俺は今日の雪合戦は長門も楽しむことが出来たのだろうか、と思った。