今日の長門有希SS

 1/071/081/091/101/151/161/171/181/21の続きです。


「お待ちしておりました」
 よく通る声が屋上に響いた。
「遅いから怖じ気づいたのかと思いましたよ」
 喜緑さんは腰掛けたまま俺達を一瞥し、ふっと笑う。いかにも悪役のような立ち居振る舞い。
「ふふっ……」
 妖艶な笑みを浮かべ、喜緑さんはゆっくりを足を組み替える。制服のスカートの中身が、一瞬見えたような――痛っ。
「……」
 長門と一瞬目が合ったが、すぐに目を反らされた。いや、別に見たくて見たってわけじゃなくて、今のは不可抗力だろ。
「無駄話はそれくらいにしないと」
 俺と長門の目の前を、ブンという音を立てて、白い何かが通り過ぎる。もちろんそれは雪玉であるのだが、あまりの速度に球体ではなく棒状に見えた。
「余所見していると危ないですよ」
 などと言って、いかにも悪役の笑みを浮かべる。
 さて、このようにB級映画の悪役を丁寧になぞっている喜緑さんであるが、それをただ滑稽なものにしていないのには理由があった。
 それは喜緑さんの下で、
「んんーっ!」
 と呻き声を上げている、コンピ研の部長氏である。
 朝倉が硬直したのも、俺達が言葉を失ったのも……と言っても、長門は普段通りだが、まあ、ともかくそんな風になった原因はコンピ研の部長に他ならない。
 確かに喜緑さんと部長氏が交際しているという話を聞いたことがあるような気もするから、喜緑さんがこのイベントに参加するとしたら部長氏がらみなのは想像に難くない。
 しかしながら、こんなのは予想外だった。
「そんなところでボウっとして、どうし――あら」
 話している途中喜緑さんは少しだけよろけ、
「座りにくい椅子ね」
 と、椅子の脚を何か細い棒のような物でぴしりと叩く。
「んんんーっ!」
 再び呻き声がここまで聞こえてくる。苦しそうな、それでいて嬉しそうな声。喜緑さん専用の椅子に身分を変えてしまった、コンピ研の部長の呻き声が。
 なぜか四つんばいになった彼は制服のボタンを全開にしているようで、上着をだらしなく羽織っているような状態だ。遠目なのと、横に体を向けているのでよくわからないが、その上着の下には何も身につけていないように見える。
 それを裏付けるように、脱ぎ散らかされたかのような状態のワイシャツとTシャツが屋上に積もった雪の上に散らばっていた。男物で、間違いなく彼の物だろう。
「なんで?」
 朝倉が疑問を口にするのは至極真っ当だ。
「彼が怪我をしたので、補欠として参加する事になったんです」
「んんーっ!」
 部長氏は激しく首を左右に振るが、
「……」
 喜緑さんが俺達に見えない場所で何かをしたらしく、左右に振っていた首の動きを中止し、がくりと項垂れる。一体何をしたのかは知らない方が良さそうだ。
「一体、ここで何をしていたの?」
「雪合戦に決まっているじゃないですか。もっとも、なかなか出番が無かったのでちょっと暇つぶしはしていましたが」
 その暇つぶしとやらが問題である。これも聞かない方が良いだろう。
「暇つぶしとは何を?」
 しかし、そこを聞いてしまうのが長門なのであった。
「お馬さんごっこですよ」
 そして答えるのが喜緑さんであった。確かに構図的には馬のポーズをとった部長氏の背中に腰掛けているように見えなくもないが、それは無茶な言い訳だ。
「それはつまり」
 長門は首を傾げ「馬並という意味?」などと続ける。
「そうです」
 認めますか、あなたも。
「まあ、おしゃべりはこのくらいにしましょう」
 喜緑さんが立ち上がる。
「もう、自由にしていいですよ」
 手足を繋いでいた鎖が外され、部長氏はそそくさと散らばっていたシャツを拾い、雪の中に手を突っ込んで――トランクスを掘り出す。
「くっ――」
 そして、俺達の方にチラリと顔を向けたが、逃げるようにして去っていった。
「それでは」
 喜緑さんの顔が歪む。楽しそうに。
 そして無造作に宣言した。
「始めましょう」