今日の長門有希SS

 1/071/081/091/101/151/161/171/18の続きです。


 屋上に向け、ぐるぐると回りながら俺達は階段を上る。
 目的地に誰がいるのか、誰も名前を出していないが敢えて確認するまでもなく、全員の脳裏には一人の人物の名前が浮かんでいるだろう。屋上から直接ハルヒを攻撃してみたり、上空経由で旗の周りに雪玉を降らせる事が出来そうな人物を、朝倉や長門の他に俺は一人しか知らない。
 長門達が本気を出せば俺は全く戦力にならないが、こちらには長門と朝倉がいるので二対一と言っていいだろう。数字の上では勝っていると思うのだが、彼女がどれほどの能力なのかは未知数である。
「勝てるのか?」
「さあ、どうかなあ」
 先頭を走る朝倉が首を傾げる。
「雪合戦なんて、生まれて初めてだし」
 この二人は、生まれてからまだそれほどの年数が経過していないのだ。朝倉は長門よりは積極的に世間と関わっていたようだが、それでも雪の少ないこの地方じゃ雪合戦なんて滅多に体験できる事じゃない。
長門は勝てると思うか?」
「勝利は保証できない」
 言葉とは裏腹に、その声から楽しげなものを俺は感じ取った。
 相変わらず俺達はハルヒに振り回されているわけではあるのだが、どうやらそれなりに楽しんでいるらしい二人を見ると、感謝してやらないといけないような気がする。退屈な世界を嫌って楽しい事を探し求めるハルヒは、意図しているかどうかはわからないが、自分だけでなく俺達の退屈も解消している。
「でも」
 長門は立ち止まらず、俺の方をチラリと見て、
「それを望んでいる」
 こんな風に、な。
「そろそろ屋上ね」
 朝倉がぴたりと止まった。もう少し階段を上がれば屋上が見渡せる場所に出る。今までは階段そのものや壁に阻まれていたが、ここから先は障害物が無くなり、ここに潜んでいるであろう喜緑さんに対面する事が出来るだろう。
「どうしよっか」
 ここに来て朝倉は躊躇しているらしい。迷うような顔をしている。
「さっきのアレを考えると、出ていったらこのあたり一帯が集中攻撃されそうじゃない」
 確かに、ここから屋上に上がっていくとわかっていれば、後は向こうはタイミングを図ってここに雪玉を投げればいいだけだ。向こうの状況がわからない俺達に比べ、どこに潜んでいるかわからない喜緑さんの方がこの場合は有利な立場にある。
 ちなみに、さっきのアレってのは旗のあたりに振っていた雪玉の事だろう。雨のように降り注いでいたということは、それだけいっぺんに雪玉を投げていたという事に他ならない。もし、ハルヒを攻撃したときの威力でここにそんなのを連続で投げることが出来れば、ここから姿を現すことは自殺行為。
 しかし、ただここで手をこまねいていても何も解決しない。それに、相手はあの喜緑さんなのだから、正直ここにいたからって安全とは言い切れないだろう。
「このまま上がればいい」
 そんな葛藤も知らず、長門がすっと朝倉の横を通って出ていこうとする。
長門さん! そんな無防備に行ったら――」
「本気を出されていたら、涼宮ハルヒが不意打ちされた時点でわたし達も一緒に攻撃を受けていたはず。わたし達をそう簡単に始末するとは考えられない」
「そっか…そうだね、それじゃあ楽しくない、って言いそうだし」
 朝倉はくるりと表情を変えてニコリと笑い、
「じゃ、わたしから上がるね。それから、続いて二人も――え?」
 その表情が凍り付いた。目を丸くして、何やら一点を見つめている。
「どうした?」
 俺の言葉が聞こえていないらしい。
「なに、それ……?」
 朝倉は、そこに何を見ているのか。
「……」
 長門が俺の手を掴んで、チラリと俺の顔を見る。どことなく不安そうな雰囲気を感じ取った俺は、その手を握り返して、屋上へと足を進める。
 そこで俺達は、見た。
「な――」
 朝倉が絶句するのも仕方ない。そこに展開されていた光景は、予想外のものだった。