今日の長門有希SS

 高校生にとって定期テストというのは重要なものであり、普段あまり勉強していない俺はそれが近付くたびに妙な焦燥感を募らせていく。だったら勉強すれば良いわけだが、そう簡単に心変わりをするようなら人間って奴は苦労が無い。喉元過ぎればなんとやらで、テストが終わったら普段通りの日常をのんべんだらりと過ごすようになる。
 そもそも放課後は部室で過ごし、週末は週末で街を無駄に散策する事が義務化されている団に所属していては勉強する時間があまりない。残りの時間は長門とまったりと過ごしているわけであり、それを考慮すると俺には勉強するための時間が物理的にもほとんど残されていないという事がわかった。
 そんなわけで、せめてもとテストが近付いた時の授業くらいは悪あがきをするものである。普段はうたた寝をしていたら終わっているような授業も、目を皿のようにして黒板に書いてある文字を判読し、声が小さくて聞きづらい言葉もなんとか理解しようと耳を傾ける。
 ちなみにこの教師が受け持っているクラスは、他の教師が受け持っているクラスよりも平均点が十点ほど低いらしい。近年格差社会だと叫ばれているが、こんな小さなところにも格差ってのは転がっているらしい。
「ねえキョン
 そんなわけであまり質が良いとは言えない授業を少しでも意義ある物にしようと努力していたわけだが、それを邪魔するかのように俺の肩をぽんぽんと叩き名前を呼ぶ者がいた。いや、キョンというのは俺の本名ではないのだが、学校及び家庭でもその名で呼ばれているので、不本意ながら俺は甘んじている。
キョン、聞いてるの?」
 やれやれ。
ハルヒ、テストが近いんだから集中させてくれ」
 そう言いながら振り返ると、俺の肩を叩いていたハルヒは少しだけ不機嫌そうに口をとがらせた。
「なによ、普段からちゃんと聞いてないから悪いのよ」
「で、何の用だ。手短に伝えてくれ」
「あ……消しゴム貸してくれない?」
 俺はふうとため息をつき、筆入れから消しゴムを取り出して渡す。
「サンキュ」
 お前はどこの欧米人だとつっこみを入れる事も無く、俺は黒板の方へ向き直る。
 しかし、こいつが忘れ物とは珍しい。消しゴムを忘れたって事は、家で勉強していて忘れたって事だろう。授業中に覚えてしまうとか言っていた気がするが、それなりに努力はしているという事か。
 SOS団の活動で時間を使っていながら、どこにそんな時間があるんだろうな。まあこいつの事だ、目的さえあれば一週間くらい寝ないでもケロっとしているんじゃなかろうか。
 しばらくして、ノートに写す字を間違えた。
「使うからそろそろ返せ」
 振り返らずに言うが、反応が無い。
ハルヒ?」
「あ……ごめん、ちょっと待って」
 俺が機嫌があまりよろしくない事を察したらしく、ハルヒは謝りながら肩越しに消しゴムを渡してきた。
 それからは特にハルヒがちょっかいをかけてくる事も無く、何事もなく授業が終わった。


 その日の放課後、全員が揃った後に遅れてやって来たハルヒが宣言した。
「今日からSOS団もテスト期間に入るわ。放課後は夕方までここでやって、週末は……えっと、有希の部屋で勉強会でいい?」
「……」
 長門はチラリと俺の方に視線を送る。良いかと聞かれているような気がしたので、小さく頷いておいた。
「わたしはかまわない」
「よし、それじゃ決定ね」
 ところで、一つ疑問が生じた。
「朝比奈さんはどうするんだ?」
 同じ学年の俺達にとっては集団で勉強すると教えあったりする事も出来るが、学年が上の朝比奈さんにとってはこの勉強会に参加するメリットがあまり無い。
「その点なら抜かりはないわよ」
「やっほー、あたしも参加させてもらうよっ!」
 ドアの横で待機していたらしく、鶴屋さんがにょろんと現れた。
「どう、これでも文句ある?」
 ハルヒがニヤニヤと俺を見てくる。
「いや、いいんじゃないか?」
 今回ばかりはハルヒに感謝してやろう。珍しく高校生らしく清く正しい青春ってモンを味わえそうな気がした。
 とりあえずは、だ。
長門、わからないところがあったら教えてくれよ」
「承知した」
 ある程度の節度を持ってさえいれば、これで堂々とくっついていても問題ないわけだ。ありがたいことだ。


 さて、勉強会を始めると意外な事にまともにいかないのがSOS団なのであるが、それはまた別の話。