今日の長門有希SS

 前回のあらすじ


 俺には夢がある 両手じゃ抱えきれない
 俺には夢がある ドキドキするような


 あれから何日が経過しただろうか。
 最初は大いに不満を抱いていたカナダでの生活だったが、俺は徐々に慣れ始めていた。
 昼間はボートで湖に出てオゴポゴの探索。魚群探知機を使って魚影を見付けると水中カメラを下ろしてそれが魚の群である事を確認して待機。最初の数日は目を皿のようにしてモニターを覗いていたが、わざわざ一日宿泊権を得なくても長門と過ごす事が出来るとわかったし、あまりに変化がないので俺はモニターの向きを変えて他のメンバーとのゲームに混じるようになった。一応、常にチラチラとは気にしているので、職務を完全に放棄したわけではない。
 最初はトランプだけだったゲームだが、いつしかその数も増えてテントに置かれたケースに大量に入っている。SOS団のメンバーとボードゲームなんぞを囲んでいると、ここがカナダである事を忘れてしまうくらいだ。
 事実、やっている事は普段と大差がない。朝比奈さんのお茶汲み用にポットやカップも積み込んでいるし、ハルヒはオゴポゴ探索のための情報収集用と称してノートパソコンを手に入れてインターネットをすることが出来るようになっており、長門はどこからともなく本を出すので問題ない。
「ポケットから」
 そうだな。
 天気の良い日は湖の上で過ごすが、あまり天気の良くない日は街に出かける事もある。買い物の為の簡単な単語くらいは使えるようになったし、機関のメンバーが通訳で付いてきてくれるので、本格的に困る事は無い。最初の頃は長門に例のこんにゃくをもらって外国人とペラペラ会話できる事に喜びを覚えたりしたもんだが、もう慣れてしまってそのような事もしなくなった。
 夜は飯を食って風呂に入って寝る。長門と二人きりになる事が出来るのは、俺か長門か古泉が例の豪華な寝室に泊まる事が出来た場合だ。ハルヒ自身がその部屋に泊まる事は滅多にないし、縁の下の力持ち的に雑用をこなす朝比奈さんがその権利を得る事も滅多にない。それに、仮にその二人のどちらかがその部屋に泊まる事になったとしても、俺と長門は合図を決めておいてみんなが寝静まってから逢い引きするようになった。
 結局のところ、毎晩のように長門と過ごしている。
 海外旅行では飯がまずいとよく言われているが、今回の場合は機関のメンバーが作ってくれているので食に対する不満もない。たまにあまり日本じゃ見かけない魚が出てきたりする事もあるが、調理自体は日本で食うような感じなので問題ない。
 今の生活に、不満は無かった。


 今日は長門が変則五人打ち麻雀で勝利し、この部屋の権利を獲得していた。貢献度だけでなく、ゲームの勝敗でも権利を獲得する者が決まるようになっていた。
 麻雀の方は、別に長門はインチキをしたわけではないらしい。ただ捨て牌や捨てる癖から相手の手がかなり特定できるのだそうだ。この辺りは熟練者なら到達しうる域らしいのだが、長門の記憶力や計算力はそこらのスーパーコンピューター以上である。そんなもんに、俺達素人が勝てるはずもない。
 ハルヒだけは運で食らいついたりもするのだが、まあ、結局は長門の勝利で終わった。
 ともかく、この部屋は広くてベッドも柔らかくて風呂も完備されて、まるでホテルのスイートルームのようだ。いや、スイートルームなんぞに泊まった事はないんだが、恐らくこんな感じなんだろう。
「なあ、長門
 暗い部屋の中、俺は隣で横になっている長門に声をかける。
「……なに?」
 少し遅れて答えが返ってきた。眠っていたわけではないが、そろそろ眠くなってきていたのかも知れない。悪いことをしてしまったな。
「いつ帰れるんだろうな」
 不満は無いのだが、この生活に慣れすぎて堕落しているような気がした。やはり普通じゃないよな。
「安心して」
 不意に、きゅっと頭が圧迫される。温かい。
「心配しなくていい」
 まるで母親に抱かれるような安心感。長門の腕に包まれ、それを感じていた。俺より体の小さな長門だが、こういう時は妙に包容力があったりする。
「夢オチだから」
 そうなんだよな。


 目覚ましが鳴り、俺は長門がまだ眠っている事を確認し、ベッドから抜け出す。
 ここでの生活の中で、唯一不満があるとすればこの瞬間だ。いや、もう一つあった。一緒に眠ったはずの長門が、起きた時にいない時だ。
 そう思うと、やはりこの生活は続けるべきではないような気がしてくる。
 古泉は、ハルヒが俺に期待しているとか言っていたな。つまり、本当に見付けたければ俺がもう少し頑張る必要があるって事だ。
「よし」
 頬を軽く叩き、俺は自分自身を鼓舞する。今日こそオゴポゴを見付けて、この妙な生活を終わらせよう。
「見付けようと思って見付けられれば百年以上も未確認生物のままではいない」
 ま、そうなんだけどな。
 俺はふうとため息をつき、まだ寝たふりをしている長門の頭をそっと撫でてから部屋に戻ることにした。