今日の長門有希SS

 涼しくなり始めた街並みを自転車に二人乗り。後ろに乗った長門はいつものように体重を感じさせず、もたれかかる背中から体温だけを感じさせてくれる。長門の体は、温かくて心地いい。天然の暖房器具であり、もし氷点下で布団が無かったとしても、長門を抱き枕にして眠れば心地よく過ごすことが出来るだろう。心地よく眠れるかどうかはまた、別の話。
 ほとんど胸が無いと思われている長門だが、それはまあ、正しい。だが、控えめながらも全く真っ平らというわけではなく、それなりに、ひっそりと膨らんでいるわけであり、こう、背中にべたーっとしがみついていると、その柔らかさが感じられなくもない。
 それもまた心地よい一因である。
「……よ」
 長門がボソボソとしゃべっているが、風を切って自転車を走らせているので聞こえない。
「なんだって?」
 俺がやや大きめの声で言うと、長門の口が耳に寄せられた。
あててんのよ
 そうか。
 長門にあてられながら向かっている先は図書館だ。今日は休日と言うこともあり、なんとなく行こうという話になっのだ。
 前に行ったのはいつだっただろうね。あまり記憶にないが、久しぶりの気もするし、ちょっと前に行ったような気もする。まあ、そんなのは別にどうでも良いことだ。
 駐輪場に自転車を停車。中に入るとフラフラと夢遊病者のように長門が本棚の間を歩いていく。
 その背中を見送ってから、ソファでのんびりと昼寝でも……と思ったが、今日は真面目に本でも探してみる事にする。何しろ今は秋、読書の秋ってやつだ。
 長門にお薦めの本を見立ててもらえば良いのを選んでもらえるかも知れないが、何となく自分で探したい気分だ。俺は小説コーナーを歩き、面白そうなタイトルを探していく。
 が、特に面白い本も見あたらない。やっぱり寝るかと歩いていたところ、数年前に流行った童話が本当はもっとグロテスクだったとか、性描写を含んでいたとか、そんな感じの本を見付ける。なんとなく興味を引かれた俺は、それを持っていつものソファに座って本を開き、シンデレラが養母を殺害したところで意識が無くなった。


 ゆらゆらと、頭が揺れている。地震? いや、この感じは、
「……」
 目を開くと目の前に長門の顔があった。本を開いたまま、眠ってしまっていたようだ。
 長門の手元に目をやると、手提げ袋に本が入っているのが見えた。どうやら、借りるための手続きは終わっているようだ。
「あなたも借りる?」
「いや、いい」
 別に童話の真実を知って、子供の頃に抱いていたイメージをぶち壊したいわけじゃない。俺は記憶を辿って本を元に戻し、長門と一緒に外に出る。
「何を借りたんだ?」
 長門を後ろに乗せて来た道を戻る。まだ時間が早いので、夕飯の買い物はあとでいいだろう。
「いろいろ」
 確かにあの手提げ袋には何冊か本が入っていたような気がするな。
 アレを期日までに読んで返還。図書館で借りた以外の本も学校で読んでいる事があるので、長門の読書量を考えると本当に頭が下がる。
 まあ、またSFばかりなんだろうが。
「そうでもない」
 SF以外にどんな本を読んでいるのか、興味があると言えば興味がある。
「例えばどんなのだ?」
 長門がいくつかタイトルを上げた中に、俺でも知っている小説があった。確かそれは児童文学で、読んだ事はないが何となく内容は知っている。
 女の子らしい本で、長門にしては珍しい。
「……」
 首に回されていた腕が無言で締め付けられた。


 長門の部屋に到着。
 お茶の用意をすると長門がいなくなったので、俺は暇になる。この部屋にいると、長門が近くにいる時といない時で時間の流れが倍ほども違って感じられる。
 まあ、ここ以外でも長門と過ごしているかどうかで感じ方が変わるので、別にこの部屋に限ったわけでもなく、俺にとって長門がいるかどうかというのは重要なものであるらしいとよくわかった。
 退屈なのでキョロキョロと見回していると、本が入った手提げ袋が目に入る。先ほど長門がタイトルをいくつか言っていたが、その袋の中のラインナップを見てみると、半分ほどはSFと思われるタイトルだった。
「ん?」
 その中で、一冊だけ妙な本を見付ける。
 妙に薄っぺらく、カラーの表紙。それには、このようなタイトルがついていた。
仮面ライダーナガト』
 なんだ、これは。
「ああ、それはね」
 どこから入ってきた朝倉。
仮面ライダーカブトとこの世界をクロスオーバーさせた本なの。まあ、クロスオーバーって言っても、登場人物は来てないんだけどね。ワームとゼクターだけかな」
 で、どこから入ってきた朝倉。
「この本じゃわたしが大活躍! もう、すごいの! わたしのためにあるって言ってもいいわ! ハラショー!」
 なぜかロシア語で歓喜を表現する朝倉。何が言いたいのかわからない。
「……」
 気が付くと、トレイに湯飲みを載せた長門が立っていた。
 長門、なんとかしてくれ。
「出番が少なかった」
 長門はなぜか、拗ねているようだった。部屋の片隅に行き、チビチビとお茶を飲んでいる。
「涼子、うれしすぎてバンザイしちゃう! バンザイッバンジャイッバャンジャイ! パャンジャンジャンジャジイ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィィ゛ィ゛ッ!!!!」
 などと朝倉はとても正気とは思えない様子でバンザイを繰り返す。
「説明しよう。朝倉涼子仮面ライダーナガトの中で復活したので、彼女にとってこの作品の存在は、特別な意味をはらむだろう。なぜなら、生まれてくる子の名は、遠い昔にもう、決めてあるのだから」
 喜緑さん、意味の分からないナレーションはやめてください。


 そんなわけで、その日は大変だった。