今日の長門有希SS
いつものように部室で弁当を食べ終え、お茶をすする。
こうして二人で食事をして一服すると妙にほっとする。このままここで放課後まで過ごしたいくらいだが、さすがにそうもいかない。
「……」
気が付くと、長門がじっとこちらを見ていた。
「どうした?」
「疲れてる?」
「少しな」
今日は体育があって少々疲れている。運動部ではない自分にとっては、体育程度でもそれなりに体力を消耗する。
「ちょっと肩が痛いな」
今日やったのはバレーボールだった。ゲームとかそう言うのはやらず、ひたすらトスとレシーブとサーブの練習。それだけで一時間。ただ単に体力を浪費しただけの気がする。
「そう」
しばらく視線を泳がせ、
「マッサージする?」
と、問いかけてきた。
「……いいのか?」
「いい」
コクリと首を縦に振る。
長門のマッサージか……長門は手技においても頂点に立つ女だ、きっと肩揉みだって上手に違いない。
「頼む」
「……」
長門は椅子から立ち上がって俺の背後にやってくる。両手で握り拳を作ると、それを俺の首にそえた。
とんとんと叩くのかと思いきや――
「バイブモード」
ブブブと音を立てて、長門の拳が震えた。
「ややめめれれ」
まるで映画に出てくる宇宙人のような声で、俺はそれを制止する。現実の宇宙人はむしろ長門の方なのだが、それはまあどうでもいい。
「なぜ?」
「普通に揉んでくれた方が嬉しい」
先ほどのようなマッサージ器っぽい振動の方がいいのかも知れないが、どうもそれだと長門に肩を揉んでもらうという気分になれない。
「そう」
長門は手を開いて肩から首の間にかぶせるようにすると、ぐいぐいと揉み始めた。
ああ、これだよ。気持ちがいい。長門に肩を揉んでもらっているというだけで、疲れが吹っ飛びそうだ。
人間の回復力というのは精神的なものが影響するらしい。そう言う意味じゃ、今は俺の肉体の限界の回復力を発揮しているだろう。間違いない。
しばらく長門のマッサージを満喫。あまりの心地よさに、眠くなってきた。
「もういい?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「そう」
長門が手を離し、向かいの椅子に戻っていく。
首をぐるりと回す。すっきりとして、疲れがすっかり無くなった。
「そうだ、長門にもやってやるか? いつも読書してるからこってるだろ」
「……」
長門はしばらく俺の顔を見てから、
「して欲しい」
よし。覚悟しろよ、たっぷりと揉んでやるぜ!
気合いを入れて立ち上がり、手を開いたり閉じたりしながら長門の後ろに回り込むと、
「あ」
チャイムの音が響いた。予鈴が鳴ってしまったので、教室に戻らなければならない。
「すまん、長門」
「いい」
テキパキと荷物をまとめ、長門は出ていく準備をする。
「またあとで」
部室を出ていく長門を見ながら、自然とため息が漏れた。
そしてその放課後。
掃除当番のハルヒに手伝うように命令されたのを当然のように無視して部室に向かう。この時間だとまだ来ていない可能性もあるが、念のためノック。
「……」
とりあえず、朝比奈さんはまだ来ていないらしい。
安心してドアを開き、部室を見回す。
「やっぱりいたか」
予想通りというかなんというか、長門がちょこんと椅子に座って本を読んでいた。
「……」
チラリと本から視線を上げ、パタンと閉じた。
「どうした?」
「さっきの続き」
続きというと、えーと……なんだ?
「揉んで」
首を傾け、首筋を俺に見せる。
昼休みにマッサージのお返しにこっちも長門の肩を揉もうとして、時間切れになったんだったな。
「そうだな」
カバンを置き、いつもの席ではなく長門の後ろに回る。ほっそりとした首に手を添えると、長門の体がピクリと震えた。
「くすぐったい」
「すまん」
そっと触りすぎた。くすぐったくならないよう、ガシっと肩を掴む。
「じゃあ、いくぞ」
あまり力を入れすぎないように親指で長門の肩を圧迫する。確か、マッサージってのは力を入れすぎると逆効果になるはずだ。気を付けよう。
しかし、こうして触ると長門の首は本当にほっそりとしているな。いつも見てはいるのだが、こう後ろからまじまじと眺めると特に実感する。力を入れすぎたら、折れてしまいそうだ。
「だめ」
まだそれほどマッサージしていないというのに、長門が俺の手をそっとおさえた。
もしかして、うまく出来なかったのだろうか?
少しだけショックだ。
「下手だったか?」
「違う。でも、もう――」
ガチャリと嫌な音。
「あんた、有希に何やってんの?」
ドアを開けたハルヒが、にらみ付けるように俺を見ていた。
ああ、そう言う事だったのか、長門。
チラリと見下ろすと、長門はすまなそうに俺を見上げていた。
「うーん、いいわよキョン」
それから、どうにかこうにか長門は読書で肩こりがひどくなったらしいから肩を揉んでいたと説明したら、ハルヒは「じゃああたしも団長の重責で疲れてるからマッサージして」などと言いだした。
大してこっているように思えないが、俺はハルヒの体を揉まされる。
「そうそう、それそれ」
へいへい。
ため息をつきながら、ハルヒの体をマッサージする。
何やら視線を感じてチラリと見ると、
「……」
長門は本を持っているが、こちらの方に視線をチラチラと送っていた。
すまん、長門。
「なかなか良かったわ。これからは週イチくらいでやってもらうかしら」
勘弁してくれ。
ちなみにその夜、長門の全身を数時間に渡ってマッサージする事になったのは別の話。