今日の長門有希SS

 ジンギスカンって料理は、北海道あたりで食べられている肉料理の事だ。羊肉をメインに野菜を焼く料理で、羊を使っている点が珍しいが焼肉と大差ない。というか、ジンギスカンは焼肉のジャンルの中に含まれるようだ。
 モンゴル兵の兜のような鍋で焼くのが本場の食べ方らしいが、生憎とそんなご大層なものはない。ホットプレートがあっただけましだと言ってくれ。
 さて、かくもマイナーな料理の事を述べているかと言うと、今まさにその準備をしているからである。
キョンくん、小鉢出しておいて」
 野菜を切り刻みながら朝倉が指示を出してきた。
「へいへい」
 何を隠そう、ジンギスカンを食べるきっかけになったのはこいつが原因である。デパートで見付けて大量に仕入れてから、食べ方を調べてどうも一人ではなく多人数で食った方が良いと気が付いたらしい。
「野菜切れたからボール出しておいて」
 朝倉の指示通り、棚からボールを出して朝倉の横に置く。
「うん、ありがとう」
 どうでもいいが、その巨大なナイフじゃなくて包丁を使ったらどうだ?
「こっちの方が切れ味がいいんだもの」
 確かに切れ味が良さそうだ。単なる偏見だが、こいつの持つナイフならまな板すら両断する気がする。
「じゃあ、いったんこれ持って行って」
 野菜がてんこ盛りになったボールを持たされ、リビングに向かう。
「……」
 長門は朝倉の買ってきた冷凍パックを水に浸しながら、ちらりと俺を見上げた。
「そろそろ大丈夫か?」
「まだ」
 水の中でパックを動かしたりしているが、なかなか解凍されないだろう。
「塊のまま焼けばいいんじゃないでしょうか」
 いや、無理を言わないでください喜緑さん。
「そうですか?」
 一人優雅にお茶を飲みながら、視線をチラリと長門に向ける。
「……確かに、このまま焼いても大丈夫かも知れませんね」
 冷凍肉を崩して焼いていっても、長門なら焼けたそばから消費していくような予感がする。いや、予感じゃなくてほぼ確信だが。
「それじゃあ、そろそろ食べましょう」
 俺が持っているボールと同程度の野菜の山を持ってきた朝倉が宣言する。
 正直、とても四人分とは思えない量だが、長門がいれば問題ないだろう。
「……」
 長門はテキパキとホットプレートの電源を入れ、野菜を使って油を鉄板に馴染ませる。
「まだ鉄板が温まってないわよ」
 肉を放り込もうとして、朝倉にたしなめられた。
「……」
 少しだけ頬を膨らませたかと思うと、ブツブツと何やら呟く。
長門? って、熱っ!」
 ジュッと音が聞こえた刹那、鉄板が真っ赤になり、油を引くのに使われた野菜が真っ黒に炭化した直後に炎上。
「もう入れていい?」
 やりすぎだ。


 そのようなドタバタはあったが、比較的穏やかに俺達はジンギスカンを食った。冷凍のままの肉の塊が投入されると、鉄板の上で崩され、焼けたものから俺達――主に長門だが――の口の中に消える。野菜の山は二つでは足りなかったため、朝倉が食事をしながら片手でナイフを振り回して皮を剥いたり刻んだりして投入。喜緑さんは、なぜかプリンを焼いて「プリンって溶けるんですね」とか言っていた。
 穏やかだぜ、これでも。
「お腹いっぱい」
 長門が満足したように呟き、食事終了。朝倉が買ってきた大量の羊の大半は長門の胃に消えた。何日分のつもりで買ったのか知らないが、ここに持ってきたらそう言う運命だ。悪く思うなよ。
「ところで、どうしてジンギスカンなんて買ったんだ?」
「えっ!?」
 朝倉は、なぜかビクリと体を震わせた。
「な、なんでそんな事を聞くの?」
 疑問系で返す朝倉。
 いや、深い意味はないんだが。ただ、牛や豚に比べて格段に美味いってわけでもないし、俺は大丈夫だったが少々独特の風味だから食えない奴だっているだろう。だから、なんでわざわざ買ってきたかって事だ。
「それはですね」
 なぜか、喜緑さんが身を乗り出してくる。
「羊の肉にはカルニチンという成分があって、食べても太りづらいんですよ。ですよね?」
 朝倉の文字通り微妙に太めの太股をなでさすりながら、喜緑さんがそんな事を言った。