今日の長門有希SS

 今日は運が悪い。
 いつも奢らされるせいで長門と二人で使う金がすり減らされているから、今日こそは奢らされないぞと決意し普段より早く家を出た。貴重な休日の時間を無意味に浪費する恒例の不思議探しパトロールに向かうのは気が進まないわけで、本来ならば一分でも早く寝ていたいと思うのだが、今度ばかりは財布がピンチなのだ。
 幸せは金では買えないと言う言葉がある。確かにそれは正解だが、金が無いと幸せどころか平凡な日常さえも手に入らないのだから、今回の俺の行動は仕方がないと言えよう。
 今日は早く出ただけあって、余裕で間に合いそうだ。このままならば、奢らされる事はないだろうと核心。
 しかし、突然途中で何かガチャンと聞こえたかと思うと、自転車のペダルを踏む感触が軽くなった。
 というより、抵抗が無くなった。妙に軽いペダルをしばらく回して、俺は自転車のチェーンが外れている事に気付く。
 自転車を止め、横に屈み込んでどうにかチェーンを直そうとする。ペダルを前に回したり後ろに回したり、試行錯誤の末、どうにかガチャンとはまった。
 気が付くと、かなりの時間を食ってしまった。携帯で時間を確認してため息。
 左手がオイルまみれで真っ黒になっているが、そんな事はかまっていられない。俺は再び自転車に跨り待ち合わせ場所に急ぐ。
 大丈夫だ、この時間ならまだなんとかビリは免れるかも知れない。


「遅い! 罰金!」
 大丈夫じゃなかった。どうやら、神は死んだらしい。
「あんたのオゴリだからね!」
 今日はいつもより早く出たんだぜ。それこそ、一番最初に到着するくらいにな。
 だが、チェーンが外れてこんな時間になってしまった。見てくれよ、このオイルまみれの左手を。こう言うのを何て言うか知ってるか? 名誉の負傷って言うんだぜ。
「お店に着いたらトイレで洗って来なさいよね」
 ハルヒは、俺の言い訳を意に介さないようだ。このままだと本当に奢らされてしまう。
「今月はもう金が尽きてて、今日の支払いすらも怪しいんだ。なんとかしてくれよ」
 自分の浪費などはなく、毎週のように俺の財布からパトロール資金が出ているのが原因である。おかげで長門とは金のかかるデートが出来ない。付き合っている相手が長門で良かった。長門は普段通りに過ごすだけで満足してくれるが、もし仮に万が一にでも他の相手と交際していたとしたら、こんなんじゃ愛想を尽かされているだろう。
 いや、長門以外の奴と付き合うなんてあり得ないんだけどな。あり得ないんだぞ、無言で睨むな長門。心を読んでいるのか?
「ま、お金が無いってんなら仕方ないわ。あたしもそこまで鬼じゃないし」
 無くなるギリギリまで金をすり減らされているのだ。既に十分に鬼であると言えよう。
「今日の分は貸しといてあげる。あたしが払うわ」
 どうやら来月分に繰り越される事になったらしい。そのうち、月の小遣いをいきなり全部ハルヒに持って行かれるんじゃないだろうな。
「あのぅ、たまにはあたしが払いましょうか?」
 と、おずおずと提案する朝比奈さん。おお、神よ。助けを申し出た朝比奈さんは、まるで天使のよう――痛っ、つねるな長門
「駄目よみくるちゃん。キョンを甘やかしたら付け上がるわ、ここはあたしがきっちり管理して教育してやるのよ」
 ゴゴゴ、と視認できそうなオーラを放つハルヒ。なんだかこいつに借金をするのは致命的な間違いのような気がした。
「……」
 無言で長門が俺を見上げている。
「いる?」
 肩からかけていたカバンを少しだけ開き、俺にその中身を見せる。
 なんだか、諭吉さんの団体がいたように見えたのだが……
「ざっと百人ほど」
 長門の資金源については以前に聞いたような気がするが、どうやら潤沢な資金があるようだ。
「やめとく」
 それをもらうと完璧にヒモになってしまうのだ。それだけはやめておく。
「そう」
 長門は視線を俺の方から前方に戻し、
「今も大差ないのに」
 長門がそんな言葉を言ったような気がするが、それは俺の聞き間違いだったと信じたい。信じるぞ俺は。


 ともかく、長門と話しているうちに、どうやら今日の料金は古泉持ちになっていたらしい。そうなった理由は知らないが、ありがとうよ。
 と、俺は古泉の手を握って半ば強引に握手。
「いやあ、感謝していただけるのはありがたいのですが。チェーンを直してから手を洗っていませんよね?」