今日の長門有希SS
プロポーズというのは、男女どちらにとっても重要な一大イベントである。人生で経験する回数が多くないイベントであるから、それは一生の中でかなり大きな意味のあるもので、できるだけ良いものにしたい、良いものにされたいと願うのは当たり前の欲求であろう。
どちらからプロポーズするかというと、男性からが一般的だろう。女性からきっかけを与えられる場合もあるが、やはり男が言うべき、という風潮がある。
で、そのような事を、話題にしているわけだ。
誰かって? 俺はその会話には積極的には加わっていない。俺の存在を忘れたかのようにコタツでお茶会を開いて話に花を咲かせる、普通の人とは少々違った三人娘だ。
こう言う話題は、男より女の方が好きなんだろう。
「わたしは、やっぱりロマンチックなのがいいなあ」
と、どこか夢心地で自分の持ってきたクッキーを口に運び、紅茶を傾ける朝倉。
朝倉は先ほどからそればかりだ。そう言えば、以前にも、何かの機会にそのような事を聞いたような気がする。
「夜景の見える公園とか、そう言う場所で――」
なんとなく、目をトロンとさせてうっとりしている朝倉。
一体、どのような想像をしているのやら。
「懇願も良いですよね」
と、ニコリと笑うのは、俺達の一年先輩の喜緑さんだ。別に年齢とかは関係ないが、仮にも先輩という立場の人が紛れ込んでいるのは少々妙ではあるが、ちょくちょく来ているのでもう慣れた。
しかし、このお人は相変わらず少々ずれている。懇願、って?
「お願いです、卑しいこの私を、一生、側に置いてやってください――とか」
このお方が結婚という概念をきちんと理解してるのか甚だ疑問である。明らかにその二人の関係は夫婦というのと違うと思うのだが。
「夫婦というのは、ずっと一緒にいるという契約ですよね。形はどうあれ」
形はどうあれって、なんですか。
ともかく、一般的な人が結婚のイメージと、喜緑さんの中のイメージでは多少の齟齬がありそうだ。
「そんなのおかしいわよ。やっぱり、綺麗な景色の見える公園とかで――」
「首輪に鎖を付けて引き回すんですね」
部屋の空気が凍り付く。
「冗談です」
それが本当に冗談なのかどうか、よくわからないが気にしない方が良いのだろう。ここは冗談だと受け取って置いた方が良さそうだ。
「ちゃんと関係が出来上がっていれば、鎖なんて要りま――」
「そ、それより、長門さんはどう?」
突然、朝倉はそれまで黙って話を聞いていた長門に振った。
「……」
長門はしばらくぼーっとしていたが、一瞬だけチラリと横目で俺を見て、それから視線を戻す。
「言えない」
「まあ、そうよね」
そりゃ、本人の前じゃ言えるわけがない。長門ならすんなりしゃべるかも知れないと思っていたが、その辺はやはり言わないでくれたか。
しかし、プロポーズ……か。
まだまだ先の話ではあるが、このまま付き合っていればいずれそう言う事もありえるのだろう。もちろんその相手が長門である事を望んでいる。
長門がずっと側にいてくれるかは不安だ。何かの原因で、長門が――いや、朝倉や喜緑さんも含めて、この世界を去らなきゃならない日が来るかも知れない。そうなったら、自分は出来るだけのことをしてなんとかするまでだ。なんとか、な。
「キョンくん、難しい顔してるよ」
と、正面に座る朝倉が微笑みかけて来る。その表情はいつもよりやわらかく、まるで俺の考えている事などお見通しと言った感じだ。そりゃそうだ、この三人に大して隠し事など出来ないさ。
「きっとエロい事を考えているんですね」
お見通しでないお方が一人いらっしゃった。まったく、このお方は――痛っ!
「何を考えていたの?」
脇腹に鋭い痛みが走ったかと思うと、長門が身を乗り出して来ていた。
いや、そんな事なんて考えて何てなんて……
「えっ、キョンくん、わたしを見てそんな事を考えていたんだ……」
お前も赤面するな朝倉。頼むからこれ以上ややこしくしないでくれ。さっきの、何やら察してる感じだった笑みはどうしたんだ?
「体温上昇。心拍数増加」
長門は俺の頬にぺろりと舌を這わせ、
「この味は嘘の味」
誤解だ長門。待て、話を聞いてく――