今日の長門有希SS

 幼稚園ぐらいの時、よく通っていた道がある。友達が住んでいた団地の中の小道だ。
 その友達ってのが、どこの誰かは今となっちゃ覚えていない。俺と同い年くらいの子供だが、どこの棟に住んでいるかは覚えていない。ひょっとすると、そもそも具体的にどこに住んでいるのか知らなかった可能性もある。
 もしかしたら、その団地に住んでいなかったって事も考えられる。
 まあ何にせよ、全然相手のことを知らずに遊んでいた。子供ってそんなモンだろ? 名前も知らない相手と遊び回って、親に誰と遊んだか聞かれて困るなんて事、誰でも一度くらい経験しているだろう。
 それはともかく、ある日の買い物帰りにふとその道が気になった。遠回りにはなるが、長門にちょっとワガママを言って、そこを通って帰る事になった。
「こんなに狭かったのか」
 あの時、歩き回るだけで冒険だと思っていた団地の敷地内は、この年になって通るとやたらと狭く感じられた。自転車なら5分もかからず通り過ぎるだろう。
 当時、でかいと思っていた公園は、ただぽつんと遊具が置いてあるだけの小さな広場。大きな山だと思っていたのも、少し土が盛って盛り上がっているだけ。
 何より、坂だと思っていた道は、ただ傾いているだけの小道にすぎなかった事は驚きだった。人間の成長ってのは恐ろしいもんだ。
「……」
 長門は、なんでもないところでいちいち感心したり驚いたりしてる俺を不思議そうに見ていた。
 ああ、子供の頃との感じ方の違いに驚いているんだ。例えばそこの木とかな、子供の頃は滅茶苦茶高く感じたんだぞ。今じゃ大したことないが。
「そう」
 なんとなく長門の態度が妙だった。
 機嫌が悪い時のような感じがしたが、別にそう言うわけではないようだ。俺は長門の感情を読む事においては頂点に立つ男だが、今の長門が何を思っているのかは少々わかりづらい。
「なあ、どうしたんだ?」
「わたしにはわからないから」
 まあ、確かにここで感動しているのは10年ぶりくらいに来た俺だけであって、長門にしてみれば、別に面白くも何ともない単なる団地の中の広場だ。
 ああ、退屈なのか。すまなかったな。
「違う」
 長門の目が少しだけ細くなる。
 なんとなく、悲しそうというか、寂しそうに見えた。
「わたしは最初からこのままだから」
 そうか、この場所だけではなく、どこに行っても長門にはこの感覚がわかるはずはない。最初から変化していない長門。そして、自分が普通ではない事を今は望んでいない長門
「すまない」
 頭に手を置く。
 どうやら俺は、少しばかり無神経だったらしい。
「気にしなくていい」
 しかし長門は、俺に顔を向けて少しだけ楽しそうに、
「これから体験するから」
 これから?
「設定が変わっているから」
 つまりお前は、これからは成長するって事か?
「正確には、これからではなく少し以前から。具体的にはあなたと初めて――」
 ああ、その先は言わなくていい。何となくわかるからな。
「そう」
 長門は言葉を飲み込み、俺を見つめている。
 この時点で高校生であり、少々小柄な長門だ、これから急激に成長するって事はないだろう。せいぜい数センチは伸びるかも知れないって程度だ。
 だが、その成長をずっと見ていたいと俺は思う。そして、背が伸びた時に懐かしい道でも二人で一緒に歩こう。
 そんな時、長門は一体どんな反応をするのだろうか?
 まあ、長門の事だからきっと「ほとんど同じように感じる」とか言うのかも知れないが、それでもかまわないと思った。