今日の長門有希SS

 二人分の弁当箱を持ち、教室を出る。向かう先はもちろん文芸部部室。そこで待っている長門の事を思うと、自然と歩くスピードが上がっていく。
 以前は谷口や国木田と一緒に弁当を食っていたような気もするが、今となってはこちらが当然となっており、もはや教室で飯を食っていたのは忘却の彼方。つくづく、不思議な話である。
 放課後ならノックをしなければならないが、この時間はその必要がない。なぜなら、この時間に部室にいるのは一人だけと決まっているから。
 ドアを開けると、本を読んでいた長門はチラリと視線をこちらに向けた。
「……」
 本をぱたんと閉じてテーブルに置き、お茶を淹れるために立ち上がる。俺は椅子に座りちょこまかと動き回る長門をぼんやりと眺める。昼休み限定で俺専属のお茶汲み係に変身する長門は、最初の頃に比べてすっかり手慣れた様子。技術の他に愛情って点を加えると、朝比奈さんを凌駕すると独断と偏見で俺は決めた。
 いいね、こういうの。間違いなく断言できる、幸福だ。
 お茶が入ると食事開始。俺と長門は向かい合い、談笑しながら弁当を口に運ぶ。
 何の変哲もないメニュー。いや、別にそれが悪いわけではない。ハルヒならどうか知らないが、俺はこういう変化の少ない毎日に満足している。異常気象がたまに発生するから異常って言われるように、変わったことはたまにあるから成立するのだ。それに、毎日が変化の連続では身が持たない。
「うまいか?」
「……」
 長門は無言で少しだけ首を縦に振る。箸を動かす手はそのままだ。
 自分でもある程度料理をするようになった長門だが、それでも俺や俺の母親の料理にはかなわないと言うことがある。お世辞なのかも知れないし、口実なのかも知れないが、だとしても俺はその言葉を素直に受け取る事にしている。
 長門は大食いだけあって、食べるのも早い。俺がまだ半分くらいだというのに、そろそろデザートの果物にさしかかろうというところだ。
 こんなに美味そうに食べてくれれば、自分が作ったわけでない俺も満足だ。こんな風に毎日が続けば、さぞ幸福なんだろうと思っていると、


 何の前触れも無く、長門が倒れた。


 しばらく、俺は何が起きたのかわからなかった。長門は両目を閉じ、だらりと背もたれに体を預ける。
 倒れる拍子に手がぶつかって落ちた本が床でばさりと音を鳴らした時、ようやく俺は何か深刻な事が起きているのだと気が付いた。
長門!」
 駆け寄って抱き上げると、長門はグッタリとしていた。
 今までこんな事は無かった。何が原因なのか全く心当たりがない。
 保健室に連れて行こうかと思ったが、それで解決するような事態ではなさそうだ。現代医学でどうにかなるような状態には思えない。
 となると、俺がなんとかしなければならない。
 まずは呼吸と心拍を確認――大丈夫だ、特に異常はない。倒れたところさえ見ていなければ、ただ眠っているだけだと思うだろう。とりあえずは一安心。
 では、なぜこんな事になったのか。倒れる直前に食べていたものは、どうやらデザートのリンゴのようだ。歯形が付いて、テーブルに転がっている。
 別に痛んでいる様子もない。そもそも、もし腐っていたとしても、別に気を失ったりはしないだろう。
 母親が毒を混入させていたというのもあり得ないし――ん?
 もしやと思い、落ちていた本を拾う。長門が読んでいたのは、珍しくSF小説とかではなく、グリム童話の本だった。
 やれやれ、なんてベタなんだ長門よ。そうすると俺の母親が悪い魔女になってしまうわけで、そこのところは目が覚めてから訂正させる事にしよう。
 ふうとため息を付くと、俺はリンゴを食べて眠ってしまったお姫様を起こす事にした。