今日の長門有希SS

 ここのところ、長門の部屋で朝倉を交えて3人で過ごす機会が多くなっている。
 というのも、長門の部屋で過ごしている時に手土産を持った朝倉がふらりとやって来るからである。それがお菓子であれ料理であれ、持ってきた朝倉を交えて適当に食ったりして過ごすようになったからだ。
 朝倉は二人分とは思えない量の食べ物を持ってくる。最初は俺がいるからそうしているのかと思ったが、長門は大食いなので俺がいない時でも余ることはないらしい。ただ、長門が腹八分目になるか満腹になるかの違いでしかなく、俺がいる時の方が少しばかり健康的な食生活になるというだけだ。まあ、長門が食いすぎだからといって体を壊すかどうかは知らないが。
 俺にとっては朝倉が戻ってきてから急にこういう事が増えたわけだが、そもそも朝倉は高校に入る前から頻繁に世話をしていたわけで、朝倉としては以前と変わらぬ生活をしているだけにすぎない。朝倉にしてみりゃ今まで長門と半分同棲みたいな生活をしていたのに、少しいなくなっている間にそのポジションに俺が入ってしまったようなもんだろう。
 長門を軸にして3人で過ごす事はこのような偶然が重なり合って生み出された状況であるのだが、意外な事に俺はそれにすっかり慣れてしまった。朝倉の方はどうかわからないが、俺としてはこの部屋に朝倉がいるのがすっかり見慣れた光景になっている。
 ともかく、そんな生活が特別な事ではなくなっているわけだが、
「今日は珍しいね」
 朝倉が言うのも無理はない。今日は俺達を残してこの部屋の本来の持ち主がいないのだ。ついて行こうと思ったのだが、今日は色々回って振り回す事になるから大変だと思ったようだ。俺としては多少振り回されるくらいならドンと来いなのではあるが。
 長門はなるべく早く用事を済ませると俺の自転車に乗っていった。弾丸のようなスピードで見えなくなった長門の背中を見ながら、せいぜい人目に付かないようにしてくれと祈ったもんだ。
 かくして、長門の部屋に朝倉と二人きりという奇妙な状況が生み出される事になった。
「トランプでもしようか?」
 どこからともなく取り出したトランプを、朝倉はどこぞの手品師のような手慣れた手つきでシャッフルしている。空中でカードが踊り、それだけで大道芸として成立しそうなくらいだ。
「俺がお前にトランプで勝てるわけが無いだろ」
「大丈夫、手加減するから」
 それはそれで虚しいな。
 ともかく、暇なのは確かなので、朝倉と二人でポーカーなどをする事になった。
 人間レベルには手加減しているらしい朝倉だが、どうやら常人レベルまでは落としてくれていないらしい。そもそもポーカーフェイスでこいつに勝てる自信などない。
「そうだ、前から聞きたかった事があるんだけど」
 カードをシャッフルしながら、朝倉は本当に何気なく、
「性交渉って気持ちいいの?」
 とんでもない爆弾を落としやがった。
「な、何を言ってるんだお前は」
「だって、3年間ずっと変わらなかったあの長門さんが、あなたと付き合うようになってすっごく変わったのよ? やっぱり気になるじゃない」
 別にそういう行為だけが原因ってわけじゃないと思うんだが。
「わたしも本とかで調べたりしたんだけど、どうしてもよくわからないの」
 まあ、ああいうのは本を読んだからわかるってもんじゃないよな。百聞は一見に如かずってのは正解だ。昔の人は賢いな。
「そう、だからね」
 朝倉がニコリと笑う。
 その笑顔を見た瞬間、俺はひどく嫌な予感がした。
「わたしも体験したいなあ、って思って」
 後ずさろうとして、俺は自分の体がいつぞやのように固まっている事を知った。
「待て、そんな事をしたらタダじゃ済まないぞ。俺もお前も」
「言ったよね? わたし、やらないで後悔するのが嫌いなの」
 ああ覚えてるさ。そしてその直後、長門に消された事も含めてな。
キョンくん、もしかしてわたしみたいな太い女の子は嫌い?」
 いや、別に嫌いってわけじゃないけどな。それにお前は別に太ってるわけじゃないと思うぜ。まあ、長門に比べると肉付きが良いかも知れないが、一般的なレベルだろう。
「そう、ありがとう。もしかしたらキョンくんって長門さんみたいな体型じゃないと興奮しないのかって思っていたから、少し安心した」
 別に俺は長門の体型が好きなんじゃなくて、長門が好きなんだ。
「じゃあ、いいよね」
 そしてお前の事も嫌いではないが、そういう事は出来ない。浮気をする気がないのはもちろんだが、俺を寝取ったなんて知ったら長門はお前を許しちゃおかないだろう。
 俺はな、こういう生活が嫌いじゃなかったんだぜ。お前がまた居なくなるのは忍びない。
「大丈夫、長門さんは許してくれたから」
 嘘だろ?
「考えてみてよキョンくん、今までこういう風に二人だけ残された事があった? 無かったよね? 長門さんはね、キョンくんが同意したらしても良いって言ってたよ」
 一瞬、長門と朝倉の間柄なら頷けなくもないと思ってしまったが、やはり長門がそんな事を了承するとはとても思えない。
 それに、俺は長門以外の奴とそんな事をするなんて無理だ。
キョンくんはするのとされるのどっちがいい?」
 聞けよ。
「わたしは本当は、ムードのあるところで愛を囁きながらってのに憧れていたんだけどね」
 じゃあ、こう言うの風にするのはお前の理想と一番違うところにあるんじゃないのか?
「うん……でも、仕方ないかなあ。わたしってほら、我慢できないタチだから」
 やめろ、顔を近づけるな。その、なんだ、くっつくぞ。
「なんかドキドキするね」
 すぐ目の前で、顔をほんのりと赤らめて目を伏せる。
 なあ、頼むからそのままやめてくれないか?
「それ……無理」
 く、このままじゃ、本当に……何か方法は……そうだ。
「朝倉、お前はムードのある方が良いって言ったよな?」
「え? うん、出来ればそっちの方がいいなあ。やっぱり、女の子ってそういうのに憧れるから」
「じゃあ、俺とトランプで勝負しろ。俺が負けたらお前の好きなようにしてやる。だが、俺が勝ったらこういうのは無しだ」
「ふうん」
 朝倉は唇に指をあて、視線を泳がせる。
「そうね……それでキョンくんがわたしの望み通りにしてくれるなら、勝負の後でもいいかな」
 朝倉はいつの間にか散らばってしまっていたトランプをかき集め、シャッフルする。
「早く終わらせないとね」
 こいつもう勝った気でいるようだ。
「待った。勝負はポーカーじゃない、実力に差がありすぎるのはわかってるだろ? せめてもう少し、互角な勝負が出来る奴にしてくれ。俺に良い案がある」
「何?」
「ダウトってゲームを知ってるか?」


「ただいま」
 あれから一時間程度が経過しただろうか。紙袋を小脇に抱えて帰ってきた長門は、俺達の様子を見て不思議そうに首を傾げた。
「面白い?」
 いや、別に。絶対に終わらない勝負ほど、不毛なものはない。
 ダウトってのは、滅多に終わらない事で有名なゲームだ。特に二人ならば絶対に終わらないと言ってもいい。何しろ、相手の持っているカードが筒抜けになるのだ。
 他に終わりそうもないゲームとして戦争というものもあるが、こちらの方がより確実に終わらない。だからこれを選んだのだ。
 途中でこのゲームの不毛さに気付いた朝倉は実力行使に出ようとしたが、耳元で「夜景の見えるホテル」と呟くと、一瞬ふにゃっとした表情を浮かべて勝負に戻った。
 ともかく、そのようにして長門が帰るまでどうにか先延ばしにする事に成功した。