今日の長門有希SS
ノックをして部室に入ると、いつもとは少しだけ違う光景が展開されていた。
ポットを持った朝比奈さんがちょこまかと歩き回り、お茶を注がれた長門が朝比奈さんに黙礼したり、ハルヒが何か企んでいるかのような表情でパソコンをいじっていたり、古泉がオセロをやっていたり。
最後が少しだけ違う。
「やっ、お邪魔してるよっ」
俺の定位置に座ったそのお人は、片手を上げて俺に挨拶をしてきた。もちろんそれは、完全無欠の先輩、鶴屋さんに他ならない。
なぜここに来ているかと言うと、
「ちょろっと暇だったからさっ」
まあ、深い意味は無いらしい。別に何か企んでいるような人じゃないさ、これが朝倉だったら少しは身構えるかも知れないが。
さて、こうなるとどこに座るかが問題だ。空いていた鶴屋さんの横の席も、朝比奈さんが腰掛けてしまった。
「……」
その向かいに座る長門が、チラリとこちらを見て、すっと体を半分ずらした。
いや、そこに座りたいのはやまやまだが、さすがにみんなの前では問題があるだろう。何しろ、下手にスキンシップするとただ座っているだけで満足できなくなる可能性があるのだ、お互いに。
「ん、キョンくん困ってるのかなっ?」
しばらく鶴屋さんはうーんと考えて、
「よし、お姉さんのお膝の上に座るかいっ?」
魅力的な提案ですが辞退させて頂きます。パソコンの横からハルヒが恐ろしい形相で見ているもので。
まあ、パイプ椅子は一個余っている。入り口の横に立てかけてある椅子を持ち、どこに座るかだ。
「……」
長門が無言で椅子を古泉の方にずらした。
まあ、俺達の関係は秘密にしているとはいえ、それくらいなら別に問題ないよな。
棚に置いてあったルービックキューブを手に取り、長門の隣に座る。
現在揃っているのは2面。一度は3面揃った時もあったのだが、色々といじったせいで揃った面の数自体は減ってしまっているが、ゴールは見えてきた。
わざわざこのために、古本屋でルービックキューブの解説本を買ったのだ。その効果はあったと言えよう。
ガチャリ。
何の音だ?
横を見ると、長門が俺と自分のパイプ椅子を連結していた。
なあ長門、何をやってるんだ?
「こうした方がゆったりと座ることが出来る」
いや、確かにそうかも知れないが、みんなに気付かれる前にだな、
「おっ、キョンくん達は何か面白い事やってるねっ」
それで全員の視線がこちらに注目する。まずい。
「いやあ、長門がちょっと調子が悪くて横になりたいと言うものですから」
「じゃあキョンはどこ座るのよ」
しまった、こうなると座る場所が無くなってしまうのか。
「ここ」
長門は立ち上がりかけていた俺をぐっと引っ張り、無理矢理椅子に座らせ、
「枕」
と言って頭をのせてしまった。
……さて、どうすればいいんだ、俺は?
朝比奈さんはあわあわと挙動不審になっており、その横の鶴屋さんは赤面してしまっている。ハルヒはというと、しばらくぽかんと口を開いてから、スッと目を細め、
「ああ、すいません」
古泉が携帯片手に立ち上がった。
ともかく、これで椅子が1つ空いた。長門の頭をずらして立ち上がろうとするが、まるで空中に固定されているかのようにビクともしない。
「……」
そして、長門が先ほどまで古泉の座っていた椅子に足を引っかけると、椅子がひょいっと宙に浮き上がり、こちらに向かって飛んで長門の椅子にガチャリと連結。
長門は足技に於いても頂点に立つ女。さすが、夜の足技も上手いだけある。
「ちょうどいい」
確かに足を伸ばせるようになっている。その点は良いかも知れないが、そろそろハルヒが爆発しそうでだな、
「……」
長門はじーっと俺の顔を見る。言いたいことがわかってくれたのなら良いが。
「もう少し寄った方が楽?」
と、頭を俺の体の方にずるずると寄せる。待て待て待て、それはさすがに問題だろう。それじゃあ、頭が、その――らめぇ。
「いい加減にしなさい!」
両方揃った足の裏が急速に近づいてくるのが見えたかと思うと、激しい衝撃と共に意識がなくなった。
意識が戻った頃にはもう活動終了の時間になっており、そのまま下校となった。
「怒られた」
どうやら長門は、俺がドロップキックで気を失っている間にハルヒに女性のたしなみについて延々と説教されていたらしい。今回に限ってはハルヒの認識の方が正しいだろう。
まあ、部室でああ言うのは控えてくれると助かる。わかったか?
「わかった。今度から顔を股間側に向ける」
わかってねえ。