今日の長門有希SS

 重く、温かい何かがのしかかる。
 なんだこれは。
 布団とは明らかに違い、絡みつくようなこれは、一体?


 ガバッと起きあが――れなかった。
 体に絡みつく何か。スッと視線を落とすと、
「……」
 見慣れない帽子をかぶった長門が、俺の体の上ですうすうと寝息を立てていた。
 なんだ、そういう事か。起きるまでそっとしておいてやろう。
 ふうと息を吐いて、天井を見上げ、
「ん?」
 妙な違和感。
 もしかして、これは……いや、まさか。
 それを確認するため、周囲を見回して予感の正しさを実感する。
 見慣れた光景だが、長門と寝ている時には見慣れない光景だ。
 何しろここは俺の部屋。窓から日が差し込んでいる今は、朝。
 昼間に長門が来て、二人してうたた寝したというわけではない。そして、俺が長門の部屋に泊まるならともかく、長門が俺の部屋に泊まりに来ることはない。
 昨夜の事を思い出そうと、はっきりしない頭をフル稼働させる。
 しかし、いくら考えても長門を家に泊めたという記憶はどこからも出てこなかった。つまり俺の寝ている間に長門が何らかの方法で部屋に忍び込み、眠ってしまったという事だろうか。技術的には可能だと思うが、しかし、何のためにそんな事をしたのかが不明だ。
 それに、この見慣れない帽子は何だろうか。制服姿に、何やら猫の耳を模したようなグレーの帽子。髪の色と似ており、遠くから見ると一体化していると思えなくもない。
長門、ちょっと起きてくれ」
 肩を軽く揺すると、ビクリと体を震わせて、ゆっくり目を開く。
「……」
 キョロキョロと周囲を見回してから、俺の方に顔を向けてぱちりとまばたき。
「よう、どうしたんだ?」
「にゃあ」
 一声鳴き、俺の胸にすりすりと顔を押しつけてくる。
 待て待て待て待て! 寝ぼけてる……のか?
「……」
 喉をゴロゴロと鳴らし、俺に甘えてくる。何だかこのまま身を任せていたいが、さすがにそうはいかない。長門の部屋ならどんな事をしても誰にも迷惑をかけないが、何しろここは自分の部屋であり、部屋の外には家族が――
キョンくーん、ごはんだよー」
 ガチャリとドアを開け、妹が部屋に入ってきた。
 そして、俺の上で甘えている長門を見て、目を丸くしている。
「キョ、キョンくん?」
「ええと、これはだな、別にやましいことは何もなく――」
「どこの猫!? かわいいー!」
 と、長門に飛びついて頭を撫でる。
 長門の方はされるがままになっており、どことなく気持ちよさそうにも見える。
 というか、
「猫だって?」
「猫でしょ? もしかして……犬?」
「そんな事はない」
 猫と犬のどちらかと聞かれれば、確かに猫の耳が付いているので猫に近いと言えるが、間違いなくここにいるのは動物ではなく長門である。
 しかし、妹にはこれが猫に見えていると言うのか?
「あ、キョンくんご飯だから早く来てねー」
 バタバタと妹が去っていった。
 さて、確かめなければならない事がある。もちろん、これは長門なのか、猫なのかという事だ。
「にゃあ」
 そんな風に鳴いてみても俺は誤魔化せない。これでも長門とはこの世で二番目につき合いが長いんだ。ここにいる長門は体格、体重、体温、匂いなど、本人と全く同じものであると俺は断言する。
 くっ、制服の構造も本人と全く同じだ。ここをこうして、こうすれば――
 この下着にも見覚えがある。長門なりの勝負下着だ。これがもし偽物だとしたら、再現した奴はなんて長門を知っているんだと褒めてやろう。
 スカートもめくり、そこも確認。このコーディネートは間違いない。
「となると」
 気にかかるのはこの帽子だ。髪の毛に同化しているかのようなグレーの帽子。これだけが今まで見た事のないものだ。
 帽子に手をかけると、長門は逃げるように首を引っ込めた。首に片腕を回して抱きしめるようにして体を固定し、帽子に手をかける。
 引っ張ると、それはすぽっと意外なほど簡単に外れてしまった。拍子抜けだ。
 この帽子は関係なかったのだろうか。
 と思っていると、
キョンくーん、猫さんにミル――」
 牛乳を持って部屋に入ってきた妹がピタリと止まる。目を丸くし、しばらく固まってから、
「見てないよー」
 回れ右をして出ていった。
 ええと……これは一体。
「これは猫みみ帽子」
 と、長門が俺を見つめていた。
 やっぱりお前、長門で良いんだよな?
「そう」
 じゃあ、さっき妹が勘違いしたのはなんだったんだ?
「これをかぶっている者は、他者から猫のように思われる」
 なるほど、そういう道具だったのか。どうやら妹には本当に猫に見えていたわけではないらしい。
 って、待てよ?
 視線を下ろすと、制服の上着を脱ぎ、スカートをぺろりとまくった長門。そして、それを抱きしめている俺。
 妹が二回目に入ってきた時は、猫みみ帽子は既に外れていたわけで……
「まかせて」
 長門は自信満々に、
「情報操作は得意。既に籍が入っている事にする」
 そっちかよ。