今日の長門有希SS

 夜景を見たいと思った。
 別に深い理由なんて無い。夕飯を食った後に窓から外を見ていてふと綺麗だなと思って、もっと綺麗な場所はないかと思っただけだ。
 そんなわけで、俺達は屋上に上がってみた。
 高さは長門の部屋とあまり変わらない。しかし、天井がないというだけで、部屋から見ていた時よりも開放感がある。それに、普段は見ることが出来ない方向も見ることが出来る。
「……」
 長門は俺の横に並んでぼーっと眺めている。楽しいのかどうかはわからない。
「なあ、綺麗か?」
「それなりに」
 まあ、別に感動するようなもんでもないか。
 だがな、低い場所に住んでいる人間に取っちゃ、高い場所から見下ろすだけで何となく気分がいいもんなんだぜ。
「お」
 俺の家を見つけた。ここから見ると豆粒みたいだな。
「お前ならこの距離でもはっきり見えるのか?」
「そう」
 別にやましい事はないが、家の前でバカな事は出来ないな。長門に見られてしまうかも知れないわけだ。気を付けるようにしよう。
 ん?
 マンションに向かって、見慣れた奴が歩いているのが見えた。
 朝倉だ。買い物袋らしきものを持っているように見える。
「おーい」
 聞こえないだろうかとも思ったが、朝倉はキョロキョロと周囲を見回している。そして、こちらを見て、顔の動きが止まる。
 と――
「こんばんは」
 視界を一瞬、ふわりとした何かが遮ったと思うと、真横に朝倉が立っていた。
 あんなところから飛んでくるな、誰かに見られたらどうするんだ。
「大丈夫、見えないようにしたから」
 道理で瞬間移動したように見えたはずだ。
 だがな、飛ぶ前から見ていた人がいたらどうすんだ。いきなり人が消えたように見えるだろう。
「なんとかなるよ」
 やれやれ。
「それより、お菓子買ってきたけど食べる?」
 そんなわけで、朝倉を交えて屋上でぼーっと過ごす事になった。朝倉の買ってきたのはポテトチップだったので、それをパーティー開けして床に置き、3人で座って囲むというシュール極まりない光景だ。
「何してたの?」
「夜景を見てただけだ」
 朝倉は立ち上がり「ふうん」と下を眺める。
「やっぱり、わたしの部屋から見える景色とはちょっと違うな」
 朝倉の部屋は5階だから、7階に住んでいる長門とはやはり屋上に上がった時の感覚が違うのだろう。俺の部屋から比べるとどこも大差ないのだが。
 ところで飲み物は無いか?
「お茶でいい?」
 と、袋に入っていたペットボトルを俺に手渡す。それに口を付け、ふと考える。
 もしかするとこれは朝倉の夜食だったんだろうか。
「ん、どうしたの?」
 朝倉が不思議そうに俺を見返す。
「夜にポテトチップ食ったら太るぞ」
「刺されたい?」
 朝倉は何かを握るような手つきをして、俺の脇腹をつついてきた。
「すまん、冗談だ」
 と、頭を下げる。
 頭を下げた先にあるのは、健康的にムチムチと発達した太股だ。長門のすっきりとした体と比べ、朝倉の体はどことなくふくよかだ。こういうのは、本人に原因があるのか、それともこいつ等を作った情報ナントカ体の趣味なんだろうか。
「ねえ、わたしの足を見て何考えてるのかな?」
 朝倉がニコリと笑ったまま問いかけてくるが、その目はあまり笑っているとは言えなかった。
 長門、助けてくれ。
「知らない」
 ボソリと言って、長門はプイと横を向いた。


 そんな風に夜を過ごし、翌日俺は虫さされに悩ませる事になった。