今日の長門有希SS

 掃除当番のハルヒの「あんたも手伝いなさいよ」という声を無視して部室に向かうのは月に3回くらいあるイベントであり、敢えて述べるまでもなく本当にどうでもいい事である。これが慣例化されてしまっているのも俺とハルヒの座席が窓際の最後尾に縦並びで固定されているからであり、掃除当番を横の列にするという信念を崩さない担任岡部にクレームを付けない限り改善されないだろうが、別に問題はないのでどうでもいい。
 ともかく、今回の件において我がクラスの掃除当番制度や固定された座席なんかも無関係であり、意味があるとすれば俺がハルヒより先に教室を出て、部室に向かったというそれだけの事である。今日のこの日に、この順序だったのは後から考えると幸運でもあったのかも知れない。
 さて、前置きはこれくらいにして話を進めよう。
「……」
 この三点リーダーは長門ではなく俺の発したものである。いや、沈黙を発するというのは少々おかしいかも知れないが、部室に入った俺はいつもの長門以上に無言になり、途方にくれてしまった。
 なぜなら、部室に入った俺が見たものは、
「似合う?」
 ポニーテールの長門だったからである。
 先に来ていた朝比奈さんは制服姿であたふたしている。メイド服に着替える余裕もなかったんだろう。制服姿を見て珍しいと思えるほど、俺の脳内では部室でのこのお方の服装はメイド服と刷り込まれているらしい。
 朝比奈さんから聞いたところによると、古泉はドアを開けるや否や、携帯を握りしめて回れ右したそうだ。別に鳴っていなかったらしいが、それから鳴る可能性を考えて事前に移動しておこうという考えなのだろうか。
「で、どういう事なんだ?」
「ポニーテールフェチだから」
 チラリと俺に視線を向け、
「あなたが」
 確かに長門、素晴らしいポニーテールだ。だが、昨日まで短かったのに、入学当初のハルヒ並に伸びてるのは少しばかり不自然ではないか?
 ちなみに長門のポニーテールは殺人的に似合っている。いつぞや見たハルヒや朝倉のポニーテールも悪くはなかったが、長門のポニーテールは素晴らしい。
 最高だ、長門ハルヒよりずっと良い。長門のこの大きくて柔らかいポニーテールに比べたらハルヒのなんて物足りないよ。長門のポニーテールは最高だ。ハルヒのあんなポニーテールに溺れていたなんて自分で情けないよ。長門さえ居れば俺は……長門ぉ、長門ぉぉ。
「あのぉ、キョンくん?」
 朝比奈さんが不思議そうに俺の顔をのぞき込んでいた。
 どうやら少しボウっとしていたらしい。
「どうしましょう、涼宮さんが来る前になんとかしないと……」
 ハルヒなら不思議現象に喜ぶかも知れないが、もしそれで認識を改めて人類の髪の伸びる速度が速くなってしまったら困る。
「なあ長門、それ戻す事は出来ないのか?」
「出来ないことはない」
 長門は俺を見て「でも」と言い、
「やりたくない」
 ああ、俺だって出来ればお前のポニーテール姿は悪くないぞ。
 しかし、ハルヒが来る前に、
「なによ、その髪」
 しまった、間に合わなかったか。
「ええと、これは……そう、カツラだ」
「カツラ?」
 ハルヒはするりと俺の横をすり抜け、長門の髪をくいくいと引っ張る。
「これがカツラ? やけに本物っぽいんだけど」
「あれだ、NASAの最新技術ってやつだ。今の技術ってすごいよな」
「ふうん」
 髪から手を離し、アゴに手をあてて何やら考え込んでいる。
「宇宙……ね」
 その言葉を聞き、一瞬背筋に冷たいものが走る。NASAって言葉を持ちだしたのは失敗だっただろうか。
「カツラも進化したのね」
 仏頂面で長門の髪をくいくいと引っ張り続ける。
「ほんと、まるで頭皮生えてるみたい」
 ハルヒ長門のポニーテールを握ったままピタリと手を止め、
「で、なんでポニーテールなの?」
「ポニーテールフェチだから」
 チラリと俺に視線を向け、
「あなたが」
「ふうん」
 長門の方に顔を向けたまま、小刻みに肩を震わせている。しかしハルヒは俺に背を向けているので、その表情はわからない。
「ひ――」
 ちょうど、ハルヒ長門の横にいた朝比奈さんが糸の切れたマリオネットのようにくたりとその場に崩れ落ちた。しかしハルヒは俺に背を向けているので、その表情はわからない。
 とりあえず、ここは話をそらそう。
「そんなことより、俺の妹の話をしようぜ。妹がバカでさあ」
「その話は今度ゆっくり聞いてあげるわ」
 そらせなかった。


 結局、そのカツラを今度ハルヒにも貸すという事でカタがついた。
 それはまた別の話。