今日の長門有希SS

 流れ出すイントロ。
「さあ、歌うわよ!」
 マイクを握りハルヒが叫ぶ。
「ええと、コーラと――」
 メモを片手に古泉がインターフォン越しに注文している。
 それを遮るかのようにハルヒの声。注文の時くらい声を落とさないかハルヒよ。
 朝比奈さんはキョロキョロと不思議そうにしている。カラオケに来るのは初めてなのだろうか。朝比奈さんの時代にカラオケという文化が残っているのかどうか、聞いてみたいものだ。
 長門は分厚い本をパラパラとめくる。
「これは?」
 歌本だ。曲をそこから選んでリモコンで入力するんだ。
「……」
 どことなく不満そうだ。物語が無い本が気に入らないんだろうか。


 さて、俺達がどこに来ているかは、もう言うまでもないだろうがカラオケボックスである。ここに来た理由はそれほど特別なもんじゃない。
「今日はパトロールって気分じゃないわね」
 珍しく最後にやって来たハルヒがそう言った。
 休日の朝っぱらから集合させておいて、ハルヒは妙にダウナーだった。
 理由はわからないでもない。バケツをひっくり返したような土砂降り、確かにあまり外を歩きたくない天気だ。
「なんかいいところ無いかしら」
 いつもの店に入って注文した後、ハルヒは入り口から取って来たフリーペーパーをパラパラとめくっている。
「カラオケねえ」
 クーポン付きの広告を見てボソリと呟く。どうやらこの近くに新しくオープンしたらしい。
「ここでいいか」
 何?


 以上がここに来た顛末。思い返すと、本当にどうでもいい理由だ。
 ジュースを飲みながらハルヒの歌声を聞き、モニタに流れる歌詞をぼーっと眺める。
 アップテンポな歌のわりに、歌詞の方はしっとりとした恋を歌っている歌らしい。
 チラリと見ると、ハルヒと目があった。こちらの方をチラチラと見ている。
 なんだハルヒ、モニタを見ないで歌えるほど歌詞を覚えているのをそんなにアピールしたいのか。
 だが、歌が上手いのは確かだ。こいつは出来ない事は何もないんだろう。
 ハルヒの歌が終わると洋楽が入っていた。一応、メジャーなアーティストだが、いきなり洋楽なんぞ歌いそうな奴と言えば、
「あ、マイクいただけますか」
 ニヤけたスマイルでマイクを受け取る古泉。だろうな。
 古泉は爽やかにタイムなんとかってタイトルの曲を歌う。洋楽を聴いているってだけでなんとなくいけ好かないのは俺だけだろうか。
「ほらキョン、あんたも歌いなさいよ」
 古泉が終わったところでマイクが渡される。
 流れてくるのは、今テレビを付けていればしょっちゅう流れてくるような有名なヒット曲。まあ歌えないこともないが、無理に押しつける事もないんじゃないか。
 しっかし、この曲ってほとんど歌詞を知らなかったけどラブソングなんだな。なんだハルヒ、音外しながら歌うのがそんなに楽しいか?
 歌い終わり、ジュースで喉を潤す。久々に来たから少しだけ喉が痛い。
「……」
 気が付くと、長門はぼーっと本を眺めていた。
 そういえば長門は歌を歌った事があるのだろうか?
 いや、そもそも歌をほとんど聴いていないような気がする。何しろあの部屋にはテレビも無いのだ。
長門、歌えそうな歌はあるか?」
「今まで見た中には知っている歌はない」
 まさか、こいつ1つずつ確認してるんじゃないだろうな。
「何か知ってる歌あるのか?」
「……」
 長門は困ったように視線を泳がせる。
「1つだけ」
 ハルヒが歌い始めて少々うるさくなり、長門は俺にそのタイトルを耳打ちした。
 タイトルに聞き覚えはないが、俺はそれを本から探して入力。歌っているのもよく知らないアーティストだ。
 一体、何の歌なのだろうか。
 ハルヒの歌が終わると長門の番だ。マイクを握り、すうっと空気を吸い込む。
 透明な声で長門が歌う。どこかで聞いたような歌だが、思い出せない。涙を流し、それを不思議に思う少女の歌。
 ハルヒが「誰の曲?」と質問してくる。せっかく長門が歌ってるんだ、そんなのどうでもいいじゃないか。


 しばらくして、その歌が二人で見た映画のエンディングにかかっていた事を思いだした。アニメの歌と笑う奴がいるかも知れないが、その歌がどことなく長門とシンクロしているような気がして、俺は少しだけ目頭が熱くなった。