今日の長門有希SS
通学で坂を登るたび、ここに高校を作ろうと思った誰かさんを恨むね。毎日この坂で生徒がどれだけ体力をすり減らしてると思ってるんだ。
「おっはよーキョン君!」
校門をくぐったところで背中をドンと叩かれた。思わず、よろけてしまう。
「わっかいのにたるんでるぞー」
それは、いつも元気な朝比奈さんの友人の先輩だった。
「おはようございます、鶴屋さん」
「おっはよーキョン君!」
再び挨拶をして腰を曲げて背中ごと頭を下げる。相変わらず朝から元気なお人だ。
しかし、同じ活発でもハルヒと比べて好感が持てるのはなぜだろう。やっぱり人柄だろうか。
「ふっふっふー。キョン君、見たよ見たよー」
「何をですか?」
「耳借りるよー」
鶴屋さんの口が俺の耳に近づく。
「昨日、長門ちゃんとビデオ借りてたでしょ?」
「みっ、見てたんですかっ!?」
「壁に耳あり、だよっ」
いや、耳だけじゃ見えねえし。
「あ、すいません、その事は他の人には……」
「安心してっ、まだ誰にも言ってないよー」
くくっ、と笑う。
それを聞いて安心した。鶴屋さんなら、秘密は守ってくれるだろう。ハルヒの耳に入ったら面倒なことになるかも知れん。
「あ、おーい、みっくるー!」
鶴屋さんが呼びかけると、少し前を歩いていた生徒が振り返ってこちらにやって来た。それはもちろん朝比奈さんで、もっと早く気付いていれば俺が声をかけていたのに、全くもって迂闊だった。
「なんか楽しそうですねぇ、どうしたんですかぁ?」
「みくる、聞いて聞いてっ。キョン君が昨日長門ちゃ――むぐっ!」
慌てて口をおさえた。上級生に対して失礼とか、そんな事は言ってられない。
「どうしたんですかぁ?」
朝比奈さんは不思議そうに俺たちを見ている。
「いや、何でも無いんですよ朝比奈さん」
と言ってから、鶴屋さんの耳元に口を寄せる。
「どういうつもりですか、他の人には――」
「ぷはぁ……他の人にはまだ言ってない、って言っただけだよっ?」
それがどうしたの、って顔で見返されて思わず絶句した。
「お願いです、どーかこの件はご内密に」
「うむうむ越後屋。条件に次第では考えてやらんでもないぞっ」
と、内密に反応したのか鶴屋さんは何やら悪代官の口調で言う。
「お代官様、その条件とは?」
「内緒にして欲しかったら、おねーさんに何を見たのか教えなさいっ。えっちぃのだったらみんなにばらしちゃうけどねっ」
はあ、と思わずため息が出る。
「わかりました。長門と見たのは――」
と、俺が耳元で正直に告げると、
「あっははははははっ!」
鶴屋さんは腹を抱えて笑い転げてしまった。
「あのぉー、さっきから何の話をしてるんですかぁ?」
「ひーっ、ひーっ、はははははっ! ぎゃっはっはっはっはっ!」
鶴屋さんは朝比奈さんの質問も聞こえてない様子でゲラゲラと笑い続けている。
やれやれ……注目も浴びてるし、そろそろ収まってくれないものだろうか。
ちなみにその後――
「楽しそうに話してた」
玄関から俺たちを目撃していた長門に頬をつねられた。
「お前の話をしていたんだ」
「そう」
と、反対側もつねられた。
「口が軽い」
怒ってるみたいだった。