今日の長門有希SS
土曜日は市内パトロールと称した喫茶店に集まってクジ引いてからぶらぶら町中を歩き回る謎の行事が定例化しており、今日も今日とてその資金は俺の懐から捻出されるのであった。退屈な嫌いなはずのハルヒだが、毎度毎度代わり映えのない散歩をしていて飽きないのかね。
しかしながら、今日は普段と違うところもある。
「キョンくん、おいしいよー」
隣でニコニコと笑いながらパフェと格闘しているのは俺の妹だった。
今朝、遅れそうになって慌てて出発しようとした俺をめざとく見つけた妹にいつも以上にしつこくしがみつかれ、そんなこんなで俺がなかなか出発できずに押し問答をしていると我らが団長様から遅刻をとがめる電話があった。
事情を説明すると、面白そうだから連れてこいとの事だった。
それでおごらなくてすむんじゃないかとちょっとは期待したものだが、俺の主張は情状酌量の余地無く却下されてしまった。結果として、俺が負担する金額が一人分増えてしまっただけだった。
「ほんと、かわいいわねー。あんたに似なくて良かった」
後半部分は余計だ、ハルヒ。
しかし、妹を連れてきたのは本当に失敗だった。一番高いメニューを頼んだのは、何を隠そうこいつなのだ。少しは兄の財布の事も考えて欲しいもんだ。
「おいしいですか」
「うんっ!」
顔をクリームでぺたぺたにしながら笑う妹に、真正面の朝比奈さんも和んでいるようだ。
朝比奈さんのその笑顔が見られるならパフェ一個くらい安いもんだ。ああ、連れてきて正解だったね。
「クリーム」
俺の反対側の隣に座っていた長門がハンカチを取り出して妹の顔をぬぐっていく。
「とれた」
「ありがとー、有希ちゃん」
こら、年上に向かってちゃんはないだろ。
「いい」
「ねー、有希ちゃん」
長門の許可を得て、妹は鬼の首を取ったかのようだ。
おいおい長門、甘やかさないでくれよ。このままじゃろくな大人に成長しないぜ。
「でも」
長門は紙ナプキンを一枚とると、さらさらとボールペンで何やら書いて妹に手渡した。
「できればこれの方がいい」
受け取った妹はそれを見て眉間に皺を寄せる。
「えーと、お……お……何さん?」
「おねえさん」
即答する長門。
「これでおねえさんって読むの?」
「そう」
なんだ、うちの妹は姉って字も読めないのか?
別に難しい字じゃないだろうに。あれか、ゆとり教育ってやつが悪いのかね。嘆かわしいぜ、学力低下の影響がまさか我が家にまで押し寄せているとは。
「あなたが中学生になった頃には、それで呼んで欲しい」
小学生ならちゃんづけで良いけど、中学に入ったらしっかりしろって事だろうか。
意外とちゃんと考えてくれてるんだな、長門。見直したぜ。
「有希おねえさん」
「そう」
心なしか長門が嬉しそうなのは俺の気のせいではないはずだ。
なにか、おかしい。
「なあ、それ本当に――」
お姉さんって書いてあるよな、と言おうとして絶句してしまった。
チラリと見えたその紙には、俺の思っていたより一文字多く書かれていた。
なあ長門、妹が小学校を卒業して中学生になる頃には俺たちはまだ高三だぜ、ちょっと気が早すぎやしないか?
そこには、こう書かれていた。
『お義姉さん』
と。