消失の長門有希 サンプル 第二章 その4(「涼宮ハルヒの消失」ネタバレご注意)

 先に第一章第二章 その1第二章 その2第二章 その3をお読みください。
 消失のネタバレがあるため読んでない方はご注意を。



 あと前回掲載し忘れた挿絵サンプル


「追わなくてもいいのですか?」
 と、ここまでほとんど口を開くことのなかった古泉が嫌みったらしく俺に微笑みかけていた。
「放っておけばいいだろ。いちいちあいつの気まぐれに付き合っていたら体がもたん」
 今のハルヒにはおかしな力はなく、へそを曲げたところで世界に危機が訪れるわけでもないしな。
「そうですか。僕としては、追いかけるべきシチュエーションだと思うのですが」
「そう思うならお前が追いかければいいだろ」
「あなたの方が適役ではないでしょうか。涼宮さんは僕のことはなんとも思っていないようですし」
 しばらく見ていなかったせいだろうか、ニヤケた古泉の顔が妙に腹立たしい。
「だからこそお前が行けばいいんじゃないのか? いいチャンスだろ」
「そうでしょうか。突然現れて、三年前に会ったのは自分だと告げるインパクトにはとても敵いそうにありません」
 こいつ、今日は妙に突っかかるな。
「今まで隠していたが、実はあなたを守るために転校してきた超能力者だ――とでも言ってやればいいだろ。俺よりお前に興味が移るかも知れないぜ」
「残念ながら、僕にはあなたほどの演技力はありません。そのように言ったところで信じていただけるかどうか」
「演技力、だと?」
「ええ、あなたが涼宮さんに告げたことが真実だという確証はどこにもありませんし、どちらかと言えばあなたの作り上げた虚構だったという方が信憑性があると思いませんか?」
「三年前の件はどう説明するんだ」
「そうですね、例えばこのような解釈はどうでしょうか。実は、涼宮さんをお手伝いしたジョン・スミス氏とは当時北高に通っていたあなたの兄だった。彼女自身は覚えていませんが、涼宮さんはメッセージに込めた宇宙人語での意味もその彼に伝えています。そして、ジョン・スミス氏からその話を聞いたあなたは、自分が北高の生徒であることを利用し涼宮さんにジョン・スミスと名乗った……と」
「俺に兄はいないが」
「では従兄弟ということにしましょうか。兄やそれに近い存在であれば誰でも構いません」
 古泉は薄ら笑いのまま投げやりに言い放つ。喧嘩を売りたいのかも知れないが、生憎俺にはそんなのを買っているほど暇じゃない。
 視線を古泉からそらすと長門の姿が目に飛び込んできた。椅子にも座らず、メイド服のまま困ったように立ちつくしている。恐らくハルヒが出ていった時から動いていないのだろう。
 しかし、本当にどこから持ってきたんだこのメイド服。古泉が持ってきた紙袋のうち一つは空になっているが、もう一つは中身が入っているようだ。サイズが合わなかった時のためだろうか。
「ところでそのメイド服はどうすりゃいいんだ? お前が後からハルヒに渡してくれるのか?」
「いえ、その必要はありません。そもそもメイド服を用意したのは僕ですから」
「……お前が?」
「どのようにお考えになっているのかわかりませんが、僕の持ち物ではありませんよ。ただ知り合いにメイド喫茶で働いている者がいて、そこから借り受けただけです」
「こっちのお前も便利な奴だな」
「……あなたにとって便利な人間にはなりたくないものですね」
 微笑みを浮かべたまま俺に顔を向けるが、その言葉は刺々しい。
 いい加減腹が立ってきた。何か言ってやろうと口を開きかけた時、視界から古泉が消えた。
 古泉がどこかに移動したわけではなく、俺と古泉の間に長門が入っただけだ。
長門?」
 見上げると、長門は困ったような表情を浮かべたまま口を開いた。
「おやめ下さい、ご主人様」


 学校を出た頃にはすっかり暗くなっていた。メイド服を回収した古泉が一人でさっさと帰ってしまったので、今ここにいるのは俺と長門の二人だけだ。
「さっきは助かったよ、長門
 隣を歩く長門はちらりと俺の顔に視線を送ってから、また前に向き直る。
 あの時、長門の言葉で俺も古泉も毒気を抜かれてしまった。もしあのまま口論を続けていれば、最終的には激しく言い争うことになっていただろう。俺の知る古泉なら暴力沙汰にはならないだろうが、こちらの古泉のことはまだよくわかっていない。ハルヒに好意があるようなことをはっきりと口にしていたし、同じように見えてもけっこう違うのかも知れない。
 もちろん違うのは古泉に限らない。ハルヒだってそうかも知れないが、つい俺は以前までと同じような対応をしてしまう。中途半端に相手を知っているつもりでいるのが悪いのだろうか。特に古泉とは、こちらではあまり言葉を交わしたことがなかったわけだし、前の調子ではまた険悪になりかねない。いや、あの古泉とだってよく険悪になっていたけどな。
 長門は見るからに違うと言わざるを得ないな。こういう時に何も言わないところはそう変わっちゃいないが、今の長門はどう話しかけていいのかわからないらしいのが一目でわかる。
「ここか」
 いつもの解散場所にやってきた。それぞれ帰る方向が違うので、長門と俺はここで別れなければいけない。
「ちょっと待ってくれ、長門
「……」
 無言で背を向けた長門だが、俺の言葉にゆっくりと体の向きを戻す。
「この後、時間あるか?」
「なぜ?」
「どこかに寄って食べていかないか? おごってもいい」
「悪い」
「そうか、都合が悪いんじゃ仕方ない」
「違う」
 長門は慌てたようにぶんぶんと首を左右に振る。
「あなたに」
「そんなことは気にしなくていい」
 ことあるごとに伝票を渡されていた頃と違ってそれなりに余裕はある。長門と二人分くらいじゃびくともしない。
「……」
 長門は困ったように俯き、俺の顔を上目遣いで見てくる。
「今日の礼がしたいんだ。それでも駄目か?」
 しばらく迷うように逡巡してから、長門は小さく「いい」と呟いた。


 翌朝、また長門があまり夕飯を食べなかったと朝倉に責められることになるのだが、この時の俺にはそんなことを考える余裕が全くなかった。