やみなべ祀用新刊


 こんな本です
 ちょっと早いですが、サンプルおいておきます(SS書く余裕がないもので)


 ガシャンと何かが割れるような音が聞こえた。
 それは放課後であり、いつものように文芸部の部室で夕方までだらだらと過ごした後であり、そろそろ帰るかと玄関の外で合流したところだった。
 音が聞こえた瞬間、俺の体はほとんど無意識に動いた。その音を気にした風もなく歩いている長門や古泉の横を通り抜け、朝比奈さんとにこにこ談笑しているハルヒの背中を両手で思い切り押してやった。
 すぐに「キョン! 何するのよ!」と、そんな怒鳴り声が聞こえるだろうなと思っていたのだが、俺の予想に反してそうはならなかった。
 虫の報せってやつだろう、俺は上から音が聞こえた瞬間に「ハルヒが危ない」との予感がしたのだが、それが的中していたからだ。
キョン! 大丈夫!?」
 聞こえたのはハルヒの泣きそうな声だった。大丈夫かって? さあ、俺にはわからないな。
「救急車! 古泉くん救急車呼んで!」
「はっ、はい!」
キョンくん! キョンくぅん!」
「揺すらないで!」
 慌ただしく指示するハルヒの声は震えていた。
 どんな光景が展開されているのか、そしてハルヒや朝比奈さんがどんな顔をしていたのか、声からなんとなく想像することはできたが実際にそれを見ることはできなかった。
 なぜならその時、俺の視界は赤黒く染まっていたからだ。顔が、特に目のあたりが熱湯でもかけられたみたいに熱くなっていた。痛みよりも熱さが勝っていた。
 気でも失っちまえば楽だったんだろうが、その熱さのせいか俺の意識ははっきりとしていた。部活帰りの生徒たちが集まって人だかりができたり、ハルヒが「見せ物じゃないのよ!」とか怒鳴ってそれを追い払ったり、近くで朝比奈さんのしゃくりあげる声が聞こえたり、まあ、ちょっとした騒動になっていたのだろう。教師もやってきて野次馬は大人しくなったりもしたが、そこにいる誰にも俺の顔はどうこうできなかったらしい。
 どれくらい待ったのかわからないが、遠くから救急車のサイレンが聞こえてくるのがわかった。すぐ近くまでサイレンがやってきて、それが止まったと思いきやばたばたと慌ただしく人の気配が増えた。
 消防隊員らしき奴らが何やら質問しているが、とにかく俺は顔が熱いとか痛いとしか答えていなかったような気がする。正直、ここでの会話は大して重要でもなかった気がする。すぐにタンカに固定され、救急車に運び込まれる。車が乗り入れられる場所で怪我をしたのが不幸中の幸いかね。
 古泉が手配をしていたはずだから、まあそっちの息のかかった病院に連れて行かれるのだろうが、そんなことはどうでもいい。
「あ、あたしも乗せて!」
 こういう場合、普通はどうするのか知らないが、ハルヒの申し出はあっさりと受理された。救急車の中には本来の救急隊員の他になんだかんだでSOS団全員が乗り込むことになった。見えてはいないが、慌ただしく動き回る救急隊員の気配などでなんとなく窮屈そうな雰囲気は伝わってくる。
 麻酔でも打たれたのか慣れたのか解らないが、顔の痛みも収まって余裕が出てきた。
 隊員が俺の顔に何やら処置をしているので、さすがのハルヒも騒ぎ立てることはない。それどころか、静かな声で「大丈夫よ。病院に行けばちゃんと治してもらえるから」とすすり泣きをしている朝比奈さんを落ち着かせているようだった。こんな時ばかりはちゃんと団長らしさを発揮するんだな、と思うと俺は妙におかしくなる。
キョン、大丈夫?」
 病院に行くまでの処置が一段落した頃を見計らってハルヒが声をかけてきた。この救急車の中で比較的ハルヒが自由にできているのは、やはりこれが古泉の呼んだ救急車であり、ハルヒにストレスを与えないためだろう。団員が怪我をした時点でストレスにはなってるだろうが、それはさておき。
「大丈夫なんじゃないか?」
 根拠がないわけじゃない。
「さっきお前が言ってただろ。病院に行ったら大丈夫なんだろ?」
「そ……そうよ! そんな怪我、ぱぱーっと塞いでもらっちゃいなさい!」
「お前がそう言うなら安心だ」
 この世界は迷惑なことにハルヒの一存で色々なことが左右するわけだが、こういう時ばかりはそれに感謝する。
 そのハルヒが大丈夫だと断言するんだ、病院に行って適切な処置を受けたらこの傷は塞がるのだろう。この傷と言っても、自分ではまだどんな風になってるかわからないんだけどな。知りたいような気もするが、やはりその状態を確認するのは二の足を踏んでしまう。
 結局それは聞けないまま救急車は病院に到着した。慌ただしく救急隊員が動き出すとハルヒは再び大人しく引っ込んでいるようだ。ちくりと腕に痛みが走る。
キョン……」
 救急車から運び出される時、控えめに声がかかった。そんなに心配そうにするなよ、お前が言ったんじゃないか?
「大丈夫なんだろ?」
「――しっかり治してもらいなさい」
 バタンとドアの閉まる音がしてハルヒたちの声はそれで聞こえなくなった。ガラガラと背中に響く振動が痛かったが、徐々にそれは遠くで起きている出来事のように思えてくる。
 麻酔が効いてきたのだろう。音が遠くで聞こえる。タンカが止まって持ち上げられて、そのままふわふわと体が浮いているような、不思議な感覚がして――