アイカツ! いろいろな手

「おまおまおまたせー」
 ドリームアカデミーの食堂。テーブルに着いていた音城セイラの元に、冴草きいがぴこぴこと髪の毛を上下に揺らしながら駆け寄ってくる。
「ごめんねー、待ったー?」
「いや、今来たところ」
 正面に座ったきいにセイラが答える。
 セイラは午前に仕事があった。昼にはドリームアカデミーに戻って来られたので、きいと昼食を一緒に食べる約束をして、ここで待ち合わせをしていた。
 セイラがきいの姿を見るのは今日が初めてだが、どこか違和感があった。
「あれ、その指」
「えへへー、気付いた?」
 きいが両手を開き、セイラに向かって腕を伸ばす。
 両手の爪にはネイルアートが施されていた。黄色をベースにカラフルな模様がちりばめられているが、パステルカラーでまとめられているので派手な印象はない。どちらかというとポップな印象だ。
「どうかな?」
「きいによく似合ってるぞ。ラララーって感じだ」
「えへへー」
 セイラの言葉に、きいは可愛らしくニコニコと笑う。
「マリアちゃんにやってもらったんだー」
「ああ、だと思った」
 姫里マリアはセイラときいの共通の親友で、メイクやネイルが得意で、色々なアイドルにアドバイスしたり、実際にやってあげていることがある。きいの交友関係も考えると、誰にやってもらったのかは聞くまでもない。
「これ、何のイメージかわかる?」
 きいは悪戯っ子のような愛らしい笑みを向けてくる。セイラはその顔をしばらく見つめてから、テーブルに投げ出されたきいの手に視線を落とす。
「難しいな」
 セイラはきいの手を取り、まじまじと見つめる。
 最初に受ける印象はベースになっている黄色だ。次に多いのはピンクで、緑や水色の星や水玉が入っている。
 セイラもこの配色にはどこか見覚えがある。それも、きいに関係する何かだ。似合っていると言った言葉はお世辞ではない。
「うーん、どこかで見たことあるんだよな」
「わっかるかなー?」
 例えばきいのお気に入りのもの、今まできいがイメージキャラクターになった商品。色々と考えてみるが、なかなか思い浮かばない。あとはファッションとか――
「あぁっ! マジカルトイ!」
「ぴんぴんぴんぽーん! 大当たり!」
 セイラはほっとため息をつく。きいのことは一番理解していると自負しているセイラにとっては、この問題を外すわけにはいかなかった。言葉には出さなくても、がっかりさせてしまうかも知れない。
「これは本当にすごいな」
 マジカルトイはきいのトレードマークで、こういう配色はマジカルトイのグッズでよく使われるカラーだ。このおもちゃ箱をひっくり返したようなイメージも、一度気が付いてしまうともうマジカルトイにしか見えない。
「セイラもやってもらったら?」
「私は遠慮しておくかな。私はギターの練習もあるし、すぐ取れちゃったらマリアにも悪いよ」
「そっかー。スイングロックのネイルも気になるんだけどねー」
 きいの指先を見つめながら、セイラはスイングロックのネイルをイメージする。
 黒系をベースに、青や紫などの配色になるだろうか。きいのように細かく模様がちりばめられる感じではなく、大きく塗り分けられる感じのほうが、ブランドのイメージには合う。
「手を握り合って、何してるの?」
 と、横から声がかかって顔を向ける。
「そら」
 テーブルの横にいたのは風沢そらで、マリアと同じく二人の親友だ。
「別に握り合っていたわけじゃないよ」
 指摘されて初めて、セイラはきいの手をずっと持っていたことに気付き、慌てて離す。
「そのネイル、マジカルトイかな」
「あ、そらちゃんもわかった?」
「うん、イメージがよく表現できてる。さすがマリアだね」
 セイラがなかなか出せなかった答えをそらがあっさり出してしまう。
「でしょでしょでしょー。きい、このネイルすっかり気に入っちゃった」
 そらがすぐにネイルとブランドのイメージを結びつけられたのは、アイドルとデザイナーを両立しているからもあるだろう。ファッションのこととなると、セイラはマリアやそらには勝てる自信がない。
 セイラの場合、そのあたりをカバーしてくれるのがプロデューサーであるきいの存在で、公私ともに欠かせない存在となっている。
「あ、そうだ。さっき気付いたんだけど」
 きいがぽんと手を叩いた。
「マリアちゃんの手、すっごくやわらかいんだよ。ネイルしてもらってる時、ぷにぷにしてて気持ちいいなーって思ったんだ」
「へー」
 マリアはふわふわとした雰囲気のアイドルで「手が柔らかい」と聞いて、セイラもなんとなく納得する。先ほどきいにも話した通り、ネイルをしてもらうつもりはしばらくないが、ちょっと手を触らせてもらってもいいかも知れない。何かと会う機会はある。
「私にもちょっとネイルを見せてもらってもいいかな」
「いいよー」
 そらはきいの手を取り、ネイルを見つめてくすっと笑う。
「きいちゃん、たぶんそれちょっとだけ違ってると思う」
「違ってる?」
「私の手はどうかな」
「そらちゃんの?」
 きいはそらの手を握り返し、口をへの字にする。
「えっと、大きい……っていうより、指が長くて……あ、そらちゃんも柔らかいね」
「私はちょっと手が大きいけど、柔らかさは私もマリアも普通だと思うよ」
「そうなの?」
「誰の手と比べて柔らかく感じたのかな?」
 そう言ってくすりと笑う。
「え……? あっ!」
 一瞬目を泳がせてから、セイラと目が合った途端、みるみるうちにきいの顔が赤く染まる。
 セイラはロックバンドをやっていてギターを弾いているので、指先がちょっと固くなっていると自覚がある。きいとはよく手をつないで歩くし、きいにとって一番触れる手が自分だというのは、間違いない。
「セイラも真っ赤だね」
 やけに顔が熱いとセイラは感じていた。きいも真っ赤で、うつむいて指先をもじもじと動かしている。
「みんな、どうしたの」
 会話が止まっていたところで、マリアがひょっこりと顔を出した。
「きいちゃんのネイルを見せてもらっていたの。マジカルトイらしくていいと思うよ、マリア」
「ふふ、そらに褒めてもらえると嬉しい」
 ころころと笑ってから、マリアはきいの手元に視線を移す。
「あ、そうだ。さっき気付いたんだけど」
 マリアがぽんと手を叩いた。
「きいちゃんの手、小さくてすっごく可愛いんだよ。さっきネイルしてる時、ずっと思ってたんだ」
「え、それって」
 きいが呟いてそらの手に視線を向ける。セイラもそちらを見ると、そらは視線を泳がせていた。
「誰と比べて小さく感じたんだろうな?」
 セイラがそう言ってやると、そらの顔が一瞬で真っ赤になった。
「なんのお話?」
 マリアだけがセイラの言葉を理解できず、にこにこと首を傾げていた。