部長ちょうかわいいG 本文サンプル 2

 真央が朝から外出をしたのは、この週末に京夜の家には家族がいないと聞いていたからだった。
 どうせ退屈しているだろう。GJ部で何かしようと思った真央だったが、最初に予定を聞いてみた紫音は別に用事があるということだったので、部の活動ではなく単独で京夜の元に向かうことにした。
 家族がいなければまともな食事もしないのではないだろうか。真央も料理が得意なわけではないので作ってやることはできないが、家にこもってインスタントで済ませるくらいなら、どこかに連れ出しておいしい食事でもしたほうが充実する。そのほうがGJ部的である。
 真央と京夜が二人だけで外食をしたのは今までに何度もある。お子様ランチを食べるのが趣味である真央が、レストランに保護者役として京夜を連れて行くのだ。恵や森さんでは照れくさいが京夜なら問題ないし、何より京夜と二人でする食事の時間が真央は好きだった。
 食事の後はそのままどこかに出かけるのもいいだろう。どうせ二人とも暇なのだ。真央は受験が近づいてはいるが、一日くらい遊んでも問題はないようにしている。
 思い切って遠出をするのもいいが、繁華街で遊ぶのもいい。今日はどんな映画がやっているだろうか。
 今日の予定について、京夜には何も連絡をしていないが、断られることがないだろうと真央は確信していた。真央は京夜に誘いを断られた記憶などない。
 問題があるとすれば、他に用事が入って既に外出しているという場合だが、それもないのを遠回しに確認してある。昨日の時点で、だが。
 念のため連絡するべきだろうか。真央はカバンやポケットを探るが、携帯電話は見つからなかった。
 まあいいや。真央はそう思い直すと、直接京夜の家に向かうことにして――それは起きた。
 再び歩き出した真央は、正面から大きな車が来ていることに気が付く。住宅街の中のあまり広くない道だ。真央は先に車を行かせようと道路の隅に立ち止まって待つことにした。
 真央に気を遣っているかのように、車は今にも止まりそうなスピードでゆっくりと通っていく。
 と、真央の目の前で本当に止まってしまった。
 すれ違えないほど狭くはなかったはずだ。車の進行方向に何か障害物でもあったのだろうか、真央がそちら側に顔を向けたところで、目の前からバタンと低い音が聞こえた。
「ん?」
 正面に視線を戻すと、車のドアがスライドして開いていて、そこから手が伸びてきていた。
 ふわりと体が浮く。
 何が起きているのか理解ができない。何者かの腕に掴まれ、真央は前方に体を引かれていた。
 突然膝に激痛が走る。無理に引っ張られたせいで角にでもぶつけてしまったようだ。うずくまりたいほどの痛みを感じるが、それどころではなかった。
 誘拐される。
 天使家は、客観的に見れば裕福な家である。敵の多い家系というわけでもないが、有名税のようなもので妬みやひがみを受けることもあるだろう。単純に身代金目的の無関係な者に狙われることも考えられる。何かあるとメイドの森さんが付いてくるのも、過保護なのではなく、万が一のトラブルを避けるためだ。
 しかしながら、万が一のことなど滅多に起きるものではない。警戒心など薄れ、今日のように一人で外出することも珍しくはない。
 さすがに遅い時間になると話は別だが、こんな明るいうちから何かあるなど考えていなかった。
 広い車内には何人かいるようだが、真央には正面にいる男しか目に入らなかった。
 ニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべた男に、真央は嫌な感じがした。そして男は真央が羽織っていたコートの中に手を差し込み、ボタンを引きちぎりながら真央の上着を無理矢理に開いた。
「な――」
 突然のことに叫びだしそうになるが、後部座席から伸びてきた手が、真央の口に猿轡のようにタオルらしきものを押し込み、頭の後ろで縛る。
 声は出せない。それでも暴れて抵抗しようとするが、真央は耳のすぐ近くでバチンと何かが爆発したような音を聞き、体がこわばる。
 遅れて頬に痛みがやってきた。目の前の男が、思い切り真央の頬を叩いたのだ。
 痛みよりもショックで呆然とする真央の頬を、続けてもう一度強く平手が襲った。
 何が起きていたか理解できていたこともあり、痛みは最初の時よりも強く感じられた。
 結論として、真央を車に引きずり込んだ男達は、天使家に恨みがあったわけでも、身代金が目的だったわけでもない。
 ただ単純に、道を歩いていた不幸な少女の、体だけが目的だった。


 どこか他人事のように語られる真央の話を聞きながら、京夜は強い吐き気を催していた。
 具体的にどんな行為をされたかは聞いていない。聞くことが我慢できずに話を遮ってしまった。
 真央が地獄の苦しみを味わった原因の一端には自分がある。約束をしていたわけではないので、真央が京夜の家に来ようとしたことに、本来は責任などないはずだ。
 しかし京夜は、間違えた。
 恵から電話が来た時に大丈夫などと口にしたのは、恵を気遣ったからだ。事件や事故に巻き込まれることなど、普通に生活していれば起きない。いつ帰るかわからない真央のことを心配している恵に、ちょっとした気休めを与えただけだった。
 今回に限って言えば、それは最悪だった。
 もしも、京夜があの時に根拠もなく安心させなければ、恵は森さんに頼んで真央の行方を捜していたかも知れない。しかし現実には、真央を捜そうとする者はいなかった。
 京夜は電話の後にすぐ真央の話を忘れ、漫画を読んで、食事をして、テレビを見ながらのんびりと過ごしていた。
 その時間、真央がずっと地獄の苦しみを味わっていたなど、知る由もなく。
 もし京夜が恵を安心させていなければ、ちょっと気になって探しに行っていれば、真央が苦しんでいた時間を、少しでも短くできたかも知れない。
「……すいません」
 絞り出すように口にした京夜の言葉に、真央はわずかに首をかしげる
 謝罪してどうにかなるものでもない。そもそも真央は、京夜がなぜ責任を感じているかなど理解できないだろう。
 罪悪感で、京夜は真央が直視できなかった。椅子に座ったまま、じっと下を見て嘔吐感に耐えていた。
「嫌いに、なった?」
 ぽつりと呟かれた言葉に、京夜は顔を上げる。
 先ほどソファーに座っていた真央は、京夜の目の前にいた。どこか人形めいた表情に、京夜は言いしれぬ不安を覚える。
「汚いから」
「そんなこと――」
 ない、はずだ。例えどんな行為を強要されたとしても、真央が自ら望んで招いたことではない。
「部長は、綺麗なままです」
「そっか」
 真央は口元だけで笑みを作ると、ずっと着たままだったコートのボタンを、一つ一つ外していく。
「キョロ、ほんとうに、汚くない?」
 顔を背けて、コートの前を開く真央に、京夜は息を飲む。
 裸同然と言っていい格好だった。
 上着はボタンが全てなくなって、肩から羽織っているだけの状態だ。中に着ているであろう肌着や、ブラはない。開いた服の隙間から、薄く盛り上がった胸の谷間が見える。
 スカートは引き裂かれ、大きくスリットが開いたようになっているのがわかった。
 言葉を失う京夜に、真央は一歩近づく。
 むわっと、嫌な臭いが鼻を突いた。それが知らない男の体臭なのだと気づき、京夜は胃の中のものが喉まで上がってきたのを感じる。
「キョロ……」
 顔が歪む。今にも泣き出しそうな顔が、人形のようなだった表情から、ふといつもの真央に戻ったように京夜には思えた。
「部長――」
 体が勝手に動いていた。立ち上がり、真央の体を抱きしめる。
「キョロ……キョロぉ……」
 真央がしゃくり上げる。京夜はただ、腕の中で震える真央の体を抱きしめることしかできなかった。