今日の長門有希SS
「なんでもラー油を入れればいいと思っているんじゃないでしょうね」
涼宮ハルヒの発言はいつも唐突である。今は放課後で、いつものように文芸部の部室で適当に時間を潰していた最中であり、朝比奈さんが淹れてくれた紅茶を口にしてはいるが食事中ではない。
そもそもハルヒの言葉は俺たちの誰かに離れたわけではない。頬杖をついて気だるそうにカチカチとマウスをクリックしながら呟かれたものだ。
「一体なんだってんだ」
「スーパーに行ったら食べるラー油ってのが売ってたのよ。聞いたことのない知らないメーカーの。で、ちょっとそれを思い出して調べてみたら、具の入ったラー油だけじゃなくてラー油の入った食べ物が色々と売られてるみたいなのよ」
「確かにそういうのあるな」
流行りだしてからけっこう経っていて、本家のラー油は今だに品薄のようだが類似商品はかなり多く見かけるようになっている。それだけでなく、ハルヒの言うようにラー油が入っていることを売りにした食べ物をよく見かける。レストランのメニューなんかにもあるし、ラー油の入ったマヨネーズなどというよくわからない商品もあった。
ちなみに実家暮らしの男子高校生たる俺がなぜスーパーで陳列されている商品を知っているかと言うと、交際相手である長門の部屋に入り浸って一緒に買い物に行く機会が多いからである。
「まあ、それがどうした」
「だから、何にでも入れればいいってものじゃないと思うのよね。みんなブームに踊らされすぎなのよ」
ハルヒは紅茶の入ったカップをあおり、ふうと息を吐き出す。
「そもそも、食べるラー油って言い方自体もどうかと思うわけよ。食べる、って何よ。そもそもラー油って調味料でしょ? 口に入れるものじゃない? なのにわざわざ『食べる』なんて付けて、本来のラー油が食べるためのものじゃなかったみたいな言い方はおかしくない?」
「お前の言いたいことはわからなくもないが、固形物が入ってるから食べてる感じがするってことじゃないか?」
「だったら、食べてるのはラー油じゃなくて具じゃない」
そればかりは作ったメーカーとか宣伝してる奴らに言ってもらわないとな。
「とにかく、食べるラー油が流行ってるんだから、食べないラー油がないとおかしいと思うわけよ。わかった!?」
ハルヒの世迷いごとはいつものことなので、はいはいと適当に聞き流してこの話題はそこで終わった。
と言うのが数日前のことで、俺はそんな話をしたことをすっかり忘れていた。恐らくあの場で話を聞いていた長門や朝比奈さんや古泉もそうだろう。
しかし、それを執念深く覚えていたのがいて、言うまでもなくそれはハルヒだ。
「作ってきたわよ」
最初、妙に上機嫌で現れてテーブルに何やら小瓶を置いたハルヒが何を作ったというのか俺には予想もできなかった。その時点でわかるとしたら長門くらいだが、手元の本に視線を落としていて気に留めていないようだった。
「何をだ?」
蛇がいる藪の中、はたまた蜂の巣をつつくような心境だったが、その小瓶を無視することはできず俺はそう問いかける。
「ほら、先週くらいにラー油の話をしたじゃない」
「あったな、そんなことも」
どうしてあそこまで憤っていたのか今となっても謎だが、ハルヒは『食べるラー油』という名前に違和感を持っているようだった。
「で、それがどうした」
「だから作ったって言ってんでしょ」
ハルヒはにんまりと笑い、くるりと瓶を回転させてラベルを俺たちの方に向ける。
そこには『食べないラー油』と書かれていた。