今日の長門有希SS

 10/0710/1710/22の続きです。


「あはははっ、ははははははははっ」
 ピピピピとハルヒの携帯から電子音が鳴り響く中、腹を抱えて床をのたうち回っている者がいた。
「ひぃ、ひぃ……そんなっ……ぷ、ははははっ!」
 ハルヒである。
 長門の読み上げた物語がツボに入ったようで、古泉そっちのけで笑い転げている。自分がセットしたアラームも耳に入っていないらしい。
 ちなみに『彦一兄弟』とは、ジェイク彦一を主人公とする物語だ。刑務所を出所したジェイク彦一はかつて自分たちの生まれ育った孤児院が資金難で潰れてしまいそうになっていると知り、弟とのエルウッド彦一と共にかつてのバンド仲間を集めて金を稼ごうとする話だ。
 ギターを担当していたマット吉四六を妻のアレサ・フランクリンの元から連れ出そうとしていた場面で時間切れになってしまった。続きが気にならないこともないが、長門は時間切れと共に音読をやめてしまった。
 ちなみに古泉の方は、未だに朝比奈さんに足首を掴まれたまま筆で足の裏に文字を書かれ続けている。こちらもアラームが耳に入っていないのだろうか。
「朝比奈さん、時間切れですよ」
「うふふふふふふ――はっ! あ、あたし、一体何を……」
 肩をゆさぶるとようやく正気に帰ったらしい。ハイライトが消えかかっていた目に光が戻っている。
「とても楽しかったような気がします」
「そうですか」
 目覚めてはいけないものが目覚めかけていたようだ。
 ともかく、床に突っ伏してぐったりとしているものの、古泉が笑わされることはなかった。結束バンドを外し、ドラえもん状態から解放してやる。
「大丈夫か?」
「神人と戦っているほうがまだ楽です……」
「そりゃ大変だったな」
 痛みなどは訓練によってある程度は慣れるそうだが、くすぐられることに慣れるのは難しいと聞いたことがある。さすがの古泉も、ハルヒや朝比奈さんにくすぐられ、長門の語るシュールな話を聞き続けるのは苦痛だったようだ。
「はあ、笑った笑った……じゃあ、次は誰にする?」
 と、そこで笑い転げていたハルヒが不穏当な言葉を口にした。
「ちょっと待て」
「何よキョン、続けるのが嫌なの?」
「当たり前だ」
 今回のゲームは、ドラえもん役になることがいいのか悪いのかわからないから成立したものである。既にそれが判明してしまった状態では、ドラえもんに選ばれたい者などいないはずだ。
 だが、ハルヒが続けると言うならまだ終わらない。こういった状況で損な役割が回ってくるのは俺や朝比奈さんと決まっているが、さすがに女性である朝比奈さんにドラえもん役をやらせるわけにはいかない。
「わかったよ、俺がやればいいんだろ」
「なんで自分から立候補してんのよ。もしかしてあんた、あたしやみくるちゃんにくすぐられて喜ぶような体質なんじゃないでしょうね?」
 ハルヒはじっとりと蔑むような視線を俺に向けてくる。繰り返しになるが俺にそのような性癖はない。そのようなプレイの経験があるか否かについてはコメントを差し控えさせて頂く。
「……あんたをドラえもん役にするわけにはいかないわ」
「それでは、わたしがやる」
 そこで長門が手を上げた。
「え、有希が?」
「やる」
 こくりと首を縦に振る。
「有希がドラえもん役ねえ……」
 長門はあまり感情を表に出さないので、くすぐったりした程度で笑わせることができないとハルヒは思っているのだろう。結果がわかっていると張り合いもない。
 しかしハルヒは「そうね」と言うと、机の上にあった本を持って不敵に笑う。
「わかったわ、今度はあたしが有希を笑わせてみせる!」
 もぞもぞと脱いだ靴下を自分で手にはめている長門に対し、彦一とんちばなしの本を構えて謎のポーズを取るハルヒ。先ほどハルヒは古泉の流れ弾を食らって勝手に笑っていただけのような気がするが、面倒なので突っ込まないことにする。
 こうして『爆笑! ドラえもんゲーム』の第二回戦の火ぶたが切って落とされたのだった。


 ――が、結果としては特に語るほどのものでもなかった。
 俺と古泉は長門の体に触れることをハルヒから禁じられていたので参加していないで突っ立っていたし、ハルヒは彦一とんちばなしに収録されていた『特攻野郎ヒコイチーム』を音読しながらまたツボに入って自分で笑っていた。
 笑わせる可能性があったのはトランス状態になりながら筆を動かしている朝比奈さんだけだったが、長門は足の裏や指の間を筆で刺激されても特に反応を見せず、あっと言う間に五分が過ぎた。
 そのあたりで日も落ちて、解散の時間となった。集団で下校し、駅前で解散。例によって俺はその直後に長門と合流し、部屋に向かう。
 マンションに着いて、鍵を開けて、靴を脱ぎ――
「って、なんでお前は靴下まで脱いでいるんだ」
「今日のゲームで、わたしは少し笑ってしまった」
「そうか?」
 朝比奈さんに執拗に筆攻撃を受けても無反応だったように見えたが。
「違う。笑ってしまった」
 なぜか長門はゆずらない。普通、笑ってしまったことを誤魔化したりするもんで、意地になる方向が逆ではなかろうか。
「そうなのか」
 言い張るのを反対することもない。
「留めて」
「ああ」
 長門が取り出した結束バンドを受け取り、靴下の上から手首の辺りに巻く。
「罰ゲームなので、今日は寝るまでこれを外すことはできない」
「なるほどな」
 と、このあたりで長門の言いたいことがわかった。
「じゃあ、今日は自分で飯も食えないな」
「そうなる」
 というわけで、この日は寝るまで長門の世話をして過ごすことになるのだった。