今日の長門有希SS

 7/227/24の続きです。


 SOS団にツイッターが導入されて数日が経過した。当初、ハルヒに「今やっていることを逐一報告するように」と言われ、長門と同じタイミングでカレーを食べていることを書いてしまいハルヒに疑問を持たれたりしたものの、たまたま朝比奈さんもその日の夕食がカレーだったこともあり「みんなカレー食べ過ぎなう」なんて反応をされるだけで済んだ。なうの使い方は恐らく間違っている。
 他にも朝比奈さんのアイコンをバニーガール姿にしてハルヒがフォロー申請を片っ端から出しまくったせいでスパムアカウント扱いされるとか、長門の部屋に入り浸ってることがばれそうになるなど大小様々なピンチはあったが、特に大きなトラブルにはならず時間が経過し――
ツイッターもあんまり面白くないわね」
 ある日の放課後、ハルヒがそんな言葉を呟いた。三日坊主ではなかったが、熱しやすく冷めやすいタチのこいつが長続きするとは思っていなかったので、こういうのも予想通りだ。
「どのあたりが面白くないのでしょうか」
 口を開いたのは俺の正面に座る古泉だ。ツイッターを始めるために、古泉とこいつが所属している『機関』が俺たちに新型のスマートフォンを支給しており、金額的にもそれほど小さい物ではなかったはずだ。
「何か発言しても反応がないのよ。ブログを書いていた時もそうだったけど、何も反応がないと実は誰も見ていないんじゃないかって思うわ」
「まあ、お前だってフォローしてる相手の呟きを全部読んでるわけじゃないだろ?」
「そうだけど、フォローしてくれてる人数が多いんだから、一人くらいは何かコメントしてくれてもいいじゃない」
 俺の言葉に、ハルヒはふてくされたように口を尖らせる。
「多いって、一体どれくらいだ?」
 ちなみに俺は、団員や知り合いが中心なので、フォローしているのもされているのも二十人前後。これが芸能人などの有名人だと、だとフォローされている人数が千や万の単位になるというから恐ろしい。
「五百ちょっとよ」
「なんでそんなにいるんだよ」
 時折ヘビーなユーザーでそれくらいフォローされている者もいるようだが、一般人としてはかなり多い方だ。ハルヒが一般人かどうかはさておき、特に面白い呟きをしているわけでもないし、そんな人数からフォローされる理由は見当がつかない。
「どうしてそんなに増えたんだ?」
「知らないわよ。てか、始めた日にそれくらい増えてそのままだけど、そういうもんじゃないの?」
 始めた日?
 俺の場合は、SOS団のメンバーだけなので初日は四人だけだった。それからたまに知り合いに声をかけて徐々に増えていって、ようやく今の人数に至っている。
 五百という人数だけでなく、その増え方も異常だった。
「あ……」
 小さく漏れた声を俺は聞き逃さなかった。正面に座っている古泉の顔に貼り付いた笑顔は、いつもにも増して軽薄なものになっている。
「反応ないし、そもそも書くことなんてあんまりないし……まあ、とりあえず今はキョンと古泉くんのボードゲーム棋譜とかメモってるわ」
「ブログの時と変わってないじゃねえか」
「でさ、メモってて思ったんだけど、古泉くん最近将棋とかオセロとか上達してない?」
「そういや……」
 古泉はボードゲームをやろうともちかけてくるわりにあまり上手ではないというか下手だったのだが、言われてみれば最近はそれなりに勝負になっているような印象だ。
ツイッターやってるせいで俺の集中力が落ちてるとかじゃないのか?」
「それはないわね。キョンもまああんまり強い方じゃないけど前とあんまり変わってないみたいだし、そもそも熱中するほどツイッターやってないでしょ」
「そうだな」
 最初の頃はハルヒがうるさかったので小さなことでも呟くようにしていたが、今はそうでもないのでツイッターの存在をそれほど気にしてはいない。
「……古泉くん、なんか焦ってない?」
「いえ、なんでもありませんよ」
 などと言いながら、古泉は机の上に置いていたアイフォンをさっとポケットに入れた。今まで放置していたようだが、明らかに怪しい。
「古泉くん、今ポケットに入れたものを出して」
 まるで万引きGメンのようなハルヒ。他人の携帯を見るのは一般常識から外れていると思うのだが、SOS団内でハルヒに逆らえる者などいない。古泉は諦めたようにポケットに入れたアイフォンを取り出し、ハルヒがそれを確認する。
「古泉くん、この次の手をアドバイスしてくれてるソノウって人、何者? あたしをフォローしてる中にいたような気がするんだけど」
 ああ、とそれで俺は納得した。確かそれは古泉の所属する『機関』のメンバーである森さんの下の名前だ。そもそもツイッターを始める機材を調達したのが『機関』なのだから、ハルヒツイッターを始めるのも当然知っている。そして、監視のためにハルヒをフォローしたのだろう。
 俺のアイフォンを操作して調べてみると、ハルヒをフォローしている名前には見覚えがあるものが混じっている。古泉の関係者だけではなく、喜緑さんや朝倉もフォローしているようだ。どうやらハルヒをフォローしているのは、どちらかというとそう言う監視目的の者が多いらしい。
「僕の知り合いに、もっと涼宮さんの発言に答えるように言っておきます」
 と、よくわからない方向で話が終わった。限度というものがあるので無駄にレスポンスが増えるのもどうかと思うが、まあ、その辺は古泉たちの方でうまくやるだろう。


「お前はけっこう活用してるみたいだな」
 帰り道、歩道を歩きながらアイフォンをいじっていた長門に声をかける。
「それなりに」
 長門は俺の方に顔を向けたまま、タッチパネルを素早く指でなぞる動きは止めない。画面を見なくても大丈夫なのだろう。
 長門は本の感想を書き込んでいるようで、本を読むと必ずと言っていいほどツイッターに発言している。しかし、ちらりと見えたディスプレイはツイッターの入力画面ではなかった。
「それは?」
「読んだ本の感想などを記録するホームページ。他のユーザーの感想なども見れるので、なかなか便利。人気のある本もわかる。そこに書き込むと、ツイッターに自動的に投稿される」
「なるほどな」
 それで、長門が本の感想を書き込む時は何やらアドレスなどが一緒に投稿されていたのか。俺は利用していないが、ツイッターと連動しているサービスはけっこうあるらしい。
 ともかく、あまり読書の習慣がない俺にとっては、縁のないサービスである。
「普段、お前が読んでるような本って読者の数は多いのか?」
「それほどでもない」
 まあ、そうだろうな。
「でも、読んだ人数に対する感想の量はなかなか多い。特に長文でじっくりと考察をする者がいたり、たまにわたしの感想に対してメッセージが来ることがある」
「へえ、どんな感じだ?」
「『あなたはこの部分をこのように解釈していたようですが、わたしは違います』とか『ここの宇宙人同士の対立は人類の国家間のメタファーで――』とか」
「……」
 なかなか面倒そうな手合いだな。
「あなたの感想など興味ない、と返すと二度とメッセージを送ってこないのでそう言う時はそう返すことにしている」
「そうかい」
 何にせよ、長門も満喫しているようなので、別に俺が気にすることはないだろう。


 後日、やっぱり飽きたハルヒから「ツイッターをやっていると会話が減るから部室での活動中と不思議探索の間はツイッター禁止」と言い渡されるのだが、実はヘビーに使っていた朝比奈さん意外はそれほど使っていなかったので、特に困ることはなかった。